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子供がボックスティッシュを一枚ずつシュッ、シュッと抜き取って遊んでいるのを見て、「あ、君もやっぱりやるんだね」と謎の感動があった。

日記

昨年亡くなった伯父の形見分けで都内の親戚宅へ。書棚を見せてもらい、本を3冊とCDを1枚貰って帰ってきた。
持ち主のいなくなった書架の静けさは、しかし悲壮な印象は与えない。本棚はその人の日々を織り込んで堆積した人生の地層のようだった。

日記

降雪。期日前投票に行っておいて良かったと思う。窓から外を見た子供が目をみはっていた。

夜、衆院選2026の開票速報。自民圧勝。

書いている小説は第二稿をようやく脱稿。書き殴りの初稿約96,000字から約76,000字への削減となった。短期間で頭から書き直したので過集中気味になって疲れてしまい、今はもう一文字も出てこない。しばらくは読書に勤しむ予定。

日記

家で焼肉。小さく作ったおにぎり、焼いた牛肉に豚肉、好物のピーマンやたまねぎ、ナスなどの野菜を子供の小さな手が掴んで一生懸命口に押し込む。おいしくて嬉しいとにこにこ笑って拍手をする。満足すると両手を打ち合わせて「ま!(ごちそうさま)」と言う。やがて記憶の中だけのものとなってゆく日常のささやかなひとコマ。

日記

 昨夜、鶏手羽元と大根を煮込んだもののスープが煮凝りになっているのを子供が喜んで食べる。出汁の出ているものやスープ、ジュレが大好物。バナナみかん苺などのフルーツはもちろん、野菜はほうれん草、春菊、ピーマンなど緑のものが好きで、ちょっと変わった味覚だなと思う。
 久しぶりに図書館に行き、自分のための本と子供のための絵本をたくさん借りた。絵本「わたしのねこちゃん」(福音館書店)の表紙の茶トラ猫に惹かれて手に取り、思いがけなく心を揺さぶられる。女の子と、茶トラの飼い猫が雪の一日を一緒に過ごすだけのストーリーなのだが、愛する生き物がいる/いた人には静かに響く作品だと思う。

日記

帰国する妹一家を見送りに成田空港へ。子供も興味津々で広々とした天井や大型のデジタルサイネージを眺めたり、新しい靴で歩き回ったりしていた。別れを惜しんだあと、イミグレーションに向かうエスカレーターの見える位置で待っていたが、反対側の通路から向かったようで姿を見ることはできなかった。子供は時折、知らない人に手を振っていた。外国人男性が目元を笑ませながらエスカレーターを降りていった。

日記

住宅地内の小さな公園へ散歩に連れ出したら、カシャカシャ音がする枯れ葉を両足で交互に踏みながら両腕を上げて大喜びだった。

日記

ここへ来るのも、鍵付き投稿の中で小説の続きを書くためだけになってしまっていた。十二月中旬。あっという間に年末で、そして新しい年。
昨日はショッピングモールで書籍や文具のアウトレットセールをやっていたので、野鳥図鑑を買った。鳥の中で一番好きなウミスズメ科の鳥たちも載っている。母の好きなシマエナガはエナガの亜種であること、亜種とは種としては同一だが形態が異なる地域個体群であること、本州のエナガは頭部が白くないが、なぜか千葉にだけシマエナガによく似た個体が生息していることなどを知った。通称「チバエナガ」というらしい。

図鑑はいいなと思った。検索型のインプットは服薬のようなもので、辞書や図鑑をめくるのは食事という気がする。

最近、単語や言い回しの辞書的な意味合いから離れた用法で、心象や魂のありようを表現することをやってみている。
解毒。体内に蓄積された有害物質を分解・排出すること。「心的〜」
構造色。色素や顔料による発色ではなく、光の波長あるいはそれ以下の微細構造による、分光に由来する発色現象。「魂の〜」

ただ、使い方には注意が必要だ。たとえば、思考停止で何かすることを「脳死」と表現するネットスラングの類は好きではない。

日記

伯父が体調を崩したと連絡が入ってからひと月足らずで逝ってしまった。泊まりがけの葬儀参列から帰ってきて一日。言葉にならない想いと考えの断片の滝をただ眺める。小さく鋭くあたたかな飛沫。

日記

数日前から原因不明の体調不良に苦しんでおり、少しだけ回復の兆しが見えてきたところ。原因不明といっても恐らくは自律神経がどうかしてしまったのだろうと思う。胃腸が動かず、水を飲んでも吐いて衰弱。やれやれ。

日記