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白水uブックス「アメリカ幻想小説傑作集」収録
ナサニエル・ホーソーン「若いグッドマン・ブラウン」(志村正雄訳)より #引用
『お互いの心を頼って、きみたちはいまも美徳がすべて絵そらごとなわけではないと思っていた。今度こそ夢が覚めただろう。悪こそ人間の性なのだ。悪こそ、きみたちの唯一の幸福なのだ。もう一度言おう、よく来た、わが子たちよ、きみたちの仲間の交わりに』

呟き

今村夏子「木になった亜沙」#読了 し、エルフリーデ・イェリネク「ピアニスト」、白水uブックスより志村正雄編「アメリカ幻想小説傑作集」を読み始めました。

志村正雄訳
アメリカ大陸の発見(ワシントン・アーヴィング)
妖精の島(エドガー・アラン・ポー)
若いグッドマン・ブラウン(ナサニエル・ホーソーン)
なつかしい街かど(ヘンリー・ジェイムズ)
夜の海の旅(ジョン・バース)
父の泣いている風景 (ドナルド・バーセルミ)

河野一郎訳
亡き妻フィービー(セオドア・ドライサー)
ひそかな雪、ひめやかな雪(コンラッド・エイケン)
ミリアム(トルーマン・カポーティ)

八木敏雄訳
私ではない(ポール・ボールズ)

呟き

学生時代、Wordに日記を書いていました。毎日というわけではなく、少し書いて間が空き、また久しぶりにファイルをひらいてキーボードを叩き始めると綴りたいことが次々に溢れ出して我ながら驚く。その繰り返しで、ときには半年以上も空いたあれを日記とは呼ばないのかもしれません。

大学三年くらいのころから、それまで予定を書くだけだったスケジュール帳に日記を書くスペースが加わり、食べたもの読んだ本などを記録している時期が見られます。こういうのはあとから読んで意外と面白くない。
かと思えば懐かしい固有名詞が出てきて、さらりとしたその登場の仕方に胸をつかれることもあります。住んでいる部屋で撮った写真をあとで見たとき、写したかった珍しい何かより、背景になにげなく映り込んでいる別の何かのほうに心を掴まれることがあるように。当時それはあたりまえに存在していて、撮るほどのこともなかった。その事実こそが、時を超えて胸を締めつけるのです。

何かを敢えて記録することは何かを捨て去ることであり、難しいものだと思います。私には2011年7月頃から長期にわたる手帳の空白が何よりも雄弁な記憶であります。回復に向かう世の中の流れとは裏腹に力尽きていった、私の中の「日常」の沈黙です。

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井上ひさし「ナイン」#読了 し、今村夏子「木になった亜沙」を読み始めました。

井上ひさしを読むきっかけになった「握手」はやはり良い作品だったが、短篇集全体としては、悪い意味でいかにも昭和的な価値観が随所に滲み出ている。
それだけなら作品の価値を損なう欠陥にはなり得ないはずなのだが、昭和的な規範の内部においてのみ容認されていたであろう、誰かが耐え忍ぶことで成立していたハリボテの平和を作品の中心に持ってきて「ちょっと良い話」風に仕立てているのが鼻についてしまう。少なくとも私個人には、人間模様の表層しか描けていないという印象だった話が幾つか。
今は令和だが、昭和はまだ近すぎるのかもしれない。と、ひとまずは言っておくものの、今より時代が遠ざかったときに改めて普遍性を獲得するだけの力を備えた作品集とも思われない。

意味や用法を確認した言い回しのメモ。

「奇貨として」
奇貨とは珍しい宝物などのこと、転じて利用すれば思わぬ利益を得られそうな機会や事柄のこと。思いがけずちょっと珍しい機会に恵まれたのでこれをまんまと利用させてもらって、という感じでしょうか。

「縹渺(ひょうびょう)とした」
広く果てしない様、かすかではっきりしない様。

#語彙・表現

呟き

X(旧Twitter)に戻る気がないわたくし、Bluesky、だいぶ居心地が良いです。
しかしパペログμ(てがろぐ)にBluesky、ブクログと何だか上手く使い分けができてないような。ブログも2つあるし。
ちょっと考えて整理したい。

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ジョーン・エイキン「ルビーの詰まった脚」#読了 しました。
エイキン作品はたくさんあるけれど個人的な読書歴のなかでは「月のケーキ」に続き二冊目。
「ルビーの詰まった脚」は元の短篇集を二分割して翻訳・出版したもので、残りの作品たちが「お城の人々」として最近出版されたところ。そちらも読みたいです。

体調が思わしくなく、現実は息つく暇もないほど次々に押し寄せてくる。見るまえに跳べ。

怖いけれど、なぜ怖いのか。死ぬことよりも、怖い生が続くことがきっと怖いのだろう。それは当り前で、死んだらもう何もない。

呟き

私は元来悲観的すぎるほど悲観的な人間なわけですが、歳を重ねた結果なのか、ずっと悲観的でいる体力がなくなってきたように感じています。
ただ単に悲観的な態度でいることは百害あって一利なし。それも頭ではわかっているし、とにかくこの頃は悩み苦しむだけで疲れる。体力が要る。なけなしの体力気力をこんなことに使いたくない。
そんなわけで、ついには何かと思い煩うのをやめて思考停止の境地にある今日この頃。私の乏しいキャパシティを、しょうもない苦悩の堆積がとうに埋めてしまったのでしょうか。ひとまずは降り積もった悲しみや心配事の上に腰掛けて、沈む太陽や昇る月を眺めています。
季節は巡る、どうせ足を止めるならせめて陽当りのいい場所で。

呟き

最近小説ばかりだなあと思い #Audible で「母という呪縛 娘という牢獄」を聴き始めました。
本人による手記だと思い込んでいたのだが、本人の手記や周囲の証言などを含め、彼女を取材した共同通信の記者が丁寧にまとめた本人との「合作」でした。
犯行を決意した契機は意外にも、医学部合格を目指して母親に強いられた九年間にも及ぶ浪人生活の中ではなく、医学部を諦めたその後に訪れたという。
暗澹たる気持ちになりますが最後まで聴きたいと思います。

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ケアリー「堆塵館」を読み終え、 #Audible で少しずつ(但し1.35倍速で)聴いていた「プロジェクト ヘイル・メアリー」上下巻#読了
今は京極夏彦「姑獲鳥の夏」とルルフォの「燃える平原」を再読しつつ隙間時間にP・K・ディック短篇集(トータル・リコール他)を聴いています。ディックは長篇ばかり三作品読んだことがあるのですが短篇だとまた印象が違うなあと感じる。

呟き

ケアリー「堆塵館」、夢中で読んでいたらそろそろ読み終わりそうです。

家長ウンビット・アイアマンガーが孫息子クロッドにアイアマンガー家の来歴を語って曰く
『この悪臭を放つ鼻摘みもの、粉々になったもの、ひび割れたもの、錆びたもの、ねじを巻きすぎたもの、欠けたもの、臭いもの、醜いもの、有毒なもの、使い道のないもの。そういったものすべてをアイアマンガー一族は、なにものにも代えがたい愛情をもって遇した。そうした嫌われたものに注ぐアイアマンガーの愛情に勝るものはこの世にはない。われらが所有したものものは茶色で、灰色で、黄ばんでいて、染みだらけで埃だらけで腐臭を放っている。われらは白徽の王だ。徽すらも所有していると私は思っている。われらは徽の大家(たいか)なのだ』 #引用

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