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河合香織「母は死ねない」 #読了
当事者の語りを尊重しているためか、客観的に見るとかなり危うい状況であったり、アンフェアであったりする内容もあるのではないかと感じるが、「母」も「娘」も主観である以上やむを得ないことなのかもしれない。

呟き

降雪。期日前投票に行っておいて良かったと思う。窓から外を見た子供が目をみはっていた。

夜、衆院選2026の開票速報。自民圧勝。

書いている小説は第二稿をようやく脱稿。書き殴りの初稿約96,000字から約76,000字への削減となった。短期間で頭から書き直したので過集中気味になって疲れてしまい、今はもう一文字も出てこない。しばらくは読書に勤しむ予定。

日記

家で焼肉。小さく作ったおにぎり、焼いた牛肉に豚肉、好物のピーマンやたまねぎ、ナスなどの野菜を子供の小さな手が掴んで一生懸命口に押し込む。おいしくて嬉しいとにこにこ笑って拍手をする。満足すると両手を打ち合わせて「ま!(ごちそうさま)」と言う。やがて記憶の中だけのものとなってゆく日常のささやかなひとコマ。

日記

子供のお昼寝中にルポルタージュ・エッセイ「母は死ねない」を半ばまで読む。さまざまな形で「母」という呪縛へ身を投じた女たち、その娘たち。ストーリーにとって都合のいい事実だけを切り貼りしている感があるが、圧倒的な現実を前に各章があまりにも短いためかもしれない。陶酔感が鼻につく箇所もあり、ところどころ引っかかる。
「母という呪縛 娘という牢獄」「戦争は女の顔をしていない」はよかった。「魚が存在しない理由」は面白かったが、語り口は苦手だった。私は饒舌すぎるノンフィクションの語り手が苦手なのかもしれない。

節分。子供の小さな手に豆を握らせ、一緒に庭へ投げる。家の中に投げる分はビニールの小袋に入っている。鬼の面を不思議そうに眺めている子供。風呂に入るとペタッと鏡を触り、小さな可愛らしい手形が残ったので母に写真を撮ってもらった。

 昨夜、鶏手羽元と大根を煮込んだもののスープが煮凝りになっているのを子供が喜んで食べる。出汁の出ているものやスープ、ジュレが大好物。バナナみかん苺などのフルーツはもちろん、野菜はほうれん草、春菊、ピーマンなど緑のものが好きで、ちょっと変わった味覚だなと思う。
 久しぶりに図書館に行き、自分のための本と子供のための絵本をたくさん借りた。絵本「わたしのねこちゃん」(福音館書店)の表紙の茶トラ猫に惹かれて手に取り、思いがけなく心を揺さぶられる。女の子と、茶トラの飼い猫が雪の一日を一緒に過ごすだけのストーリーなのだが、愛する生き物がいる/いた人には静かに響く作品だと思う。

日記

帰国する妹一家を見送りに成田空港へ。子供も興味津々で広々とした天井や大型のデジタルサイネージを眺めたり、新しい靴で歩き回ったりしていた。別れを惜しんだあと、イミグレーションに向かうエスカレーターの見える位置で待っていたが、反対側の通路から向かったようで姿を見ることはできなかった。子供は時折、知らない人に手を振っていた。外国人男性が目元を笑ませながらエスカレーターを降りていった。

日記