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ひどい頭痛。ゴールデンウィーク中は気圧の変化に注意、とYahooニュースに出ていた。気象病も広く知られるようになったのだなあ。

日記

#menu 霊長類学者がアフリカのジャングルで食べた昆虫料理 ― 山極寿一「人生で大事なことはみんなゴリラから教わった」より

!虫の苦手な方はご注意ください!

 ゴリラ研究の第一人者である山極寿一(やまぎわ・じゅいち)先生。
 京都大学の第26代総長をはじめ、数々の重要なポストを歴任してきた山極先生が、ゴリラを追い続けた半生を振り返るエッセイ集「人生で大事なことはみんなゴリラから教わった」より、衝撃の昆虫料理をご紹介します。
見ると、大きなとげのある、赤っぽいいも虫が、張りついている。きれいだなと思うと同時に、それがモクモク動くのを見て、少し気味が悪くなった。
 すると、その青年はそれをつまみ取って、クズウコンの葉っぱに包んだ。あちこちに同じ虫が、張りついている。それを見て、みんないっせいに、虫を採集し始めた。いったい、こんな虫をどうするんだろう。
 聞いてみると、これはおいしいんだと言う。ヤシ油でいため、塩で味つけをして食べる。実際、そうして料理されたいも虫をごちそうになった。悪くない味である。

 ゴリラに魅せられ、ゴリラを通じて人間を見つめ続けてきた山極先生の、人生のエッセンスが詰めこまれた本書。
 まず印象的なのは、京都大学の学生だった頃から衰えないフィールドワーカーとしてのタフネスでしょうか。
 日本の屋久島からコンゴ共和国のジャングルまで、生活上の不便や文化の違いをものともせず、現地の生活にとけこみながらゴリラを追い求め、ときにはジャングルで野宿をしながら観察を続ける。ケタ違いの適応力に驚くばかりです。
 なかでも、現地の人びとに受け入れられたのは、山極先生がその地域の食文化に敬意を払い、みんなと同じものを楽しんで食べたことも大きいかもしれません。
 そのひとつが、引用に掲げたジャングルの虫でした。食べられるイモムシは何種類もあり、シロアリは特においしかったとのことです。ゴリラも虫を食べるそうですから、山極先生はゴリラにもまた近づくことができたような気持ちだったのかもしれません。

 食べるといえば、ゴリラや猿の仲間は、食べ物を一緒に囲んで食べるということをしないということも本書で改めて知りました。
 猿は強い者から順に食べ物を手にできるし、ゴリラはシルバーバック(成熟して背中の毛が白くなったオス)がメスや子供に食べ物を分けることがあるけど、しぶしぶなんだとか(笑)
 人間みたいに、みんなで食卓を囲んで友好を深めるのって実は凄くユニークなことなんだそうです。その視点はなかったなぁ……。

 本書は比較的やさしい文章で書かれ、少し難しい単語には脚注がついていたりします。終盤は、ゴリラを通して人間を見つめ続けてきた著者ならではの人生哲学が語られており、小学校高学年から高校生くらいの子供たちにぜひ読んでもらいたいなと思う内容でした。
 脳の容量から考えて、人間が安定的な関係を維持できる人数の上限は150人くらいなんだそうです(あとで調べたら、『ダンバー数』という概念でした)。
 ゴリラと人間の対比でそんなことも書かれていて、自分にとっての150人は……と、つい考えてしまいました。

 それにしても、おいしいイモムシってどんな味なんだろう……知りたいような、知りたくないような。
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パペログ

久々に子供と公園へ。大きな黒い蝶を見かけた。黒地に紅い模様、クロアゲハと思われる。ツツジの花の蜜を吸っていて、飛ぶのがとても速かった。他にモンキチョウやシジミチョウの仲間らしき白黒まだら模様の小さな蝶も見かけた。こちらはふわふわ頼りない飛び方。コガネムシの仲間のような黒い甲虫もいて、つつくと死んだふりをしていた。

午後は図書館へ。子供のための絵本10冊と、自分用に今村夏子「とんこつQ&A」、エイキン「しずくの首飾り」を借りる。とんこつQ&AはAudibleで既読だが、書架にあるのを見て再読したくなったので。

日記

#menu 小留知先生のイラクサのスープ―堀江敏幸「イラクサの庭」より

 誰かの抱えた痛みの気配にふれるのは、このスープを味わうようなものなのかもしれません。
 堀江敏幸の短篇小説「イラクサの庭」より、複雑な味のするイラクサのスープをご紹介します。
つくり方はじつに簡単だった。若いイラクサを摘んで葉をむしり、賽の目に切ったジャガイモ、たまねぎといっしょに三十分ほど煮込み、ミキサーにかける。鍋に戻して塩、胡椒で味をととのえ、仕あげに生クリームをくわえる。実山さんは、このとき生まれてはじめて外国製のミキサーを見たのだった。味のほうは、おいしいといえばおいしい、そうでないといえばそうでないとしか言えなかった。草の匂いがぷんと鼻について苦みと酸味のわりあいが一定せず、口に入れるたびに舌の表と裏で刺激がくるくる変化するような感覚だった。

 『小留知(おるち)先生』は若い頃にフランス料理を学び、『雪沼』と呼ばれる地域で料理教室とレストランを営んできた女性です。もともとは東京の外れから移住してきたのですが、料理教室の生徒さんやご近所さんにも慕われ、すっかり地域に根づいて長年暮らしてきました。
 そんな彼女が体調を崩してあっという間にこの世を去ってしまったのが数日前のこと。物語は、彼女に縁のあった人びとがしみじみと語り合う場面から始まります。
 語り手の実山さんは、もともとは料理教室の生徒でしたが、徐々に小留知先生のアシスタントのような立場となって彼女の晩年を支えてきました。ついには臨終にも立ち会った実山さんですが、先生の最期の言葉をうまく聴きとれなかったことを気に病んでいます。
 『コリザ』。
 先生はそう言ったように聞こえたのですが、果たして『コリザ』とは?
 思い出話に花を咲かせるうち、小留知先生が蔵書の一冊のある部分に下線をひいていたことを知った実山さん。一見何の変哲もない描写に、なぜ先生は惹きつけられたのか。
 考えをめぐらせた実山さんは次の瞬間、『コリザ』の正体に思い至るのでした。

 堀江敏幸が描く『雪沼』の空気はひんやりと澄んでいて、どこか秘密の匂いがします。
​ 本作に登場する『イラクサのスープ』は、その象徴のように感じられました。今際の言葉『コリザ』、そしてイラクサに囲まれた庭の中に小留知先生が抱えつづけていた、胸をえぐられるようなある秘密。
 敬愛する先生の分身ともいえる料理でありながら、実山さんがどうしても受けつけられなかったその味は、読んでいるこちらの舌にまで、ヒリヒリとした痛みを伴って伝わってくるようです。
​ 静かな夜、スープの湯気の向こう側に、誰にも言えない秘密を隠し持っている人にこそ、この一冊を手に取ってほしいと思いました。

 本作は短篇集『雪沼とその周辺』に収録されています。表題のとおり、雪沼と呼ばれる地域に暮らす人びとを描く8作品がおさめられています。雪沼の人びとは、言ってみればどこにでもいる普通の人たちですが、物語は紋切り型の解釈を許さず、彼らの人間としての深淵、断層が顔をのぞかせる瞬間を緊迫感と共に捉えています。静謐さと、厳しくも優しいまなざしを感じる筆致です。
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パペログ

てがろぐVer. 4.8.0にアップデート。

1歳児を自宅で見ながら隙間時間を見つけて小説執筆、読書、ブログ運営、さらにもうひとつブログを増やしたいとなると、どう考えても時間が足りない。
時間が足りない、で立ち止まらないために一歩踏みこんで考えると、何かは妥協する必要があるということだ。メインブログの更新ハードル(記事の内容水準)を限りなく引き下げると共に、ここパペログμで記事の下書きをアップしていくことにしようと思う。ということでメモ用に記事カテゴリ「パペログ」、ハッシュタグ #menuを新規作成。

運営

テレビのリモコンを適当に操作していて変な画面に変えてしまった子供。テレビを壊したと思ったのか慌てて私の母のもとへ駆けてきて膝によじ登り、ぴたっとくっついて離れなくなったとのこと。

日記

熊本地震の本震から10年。心のなかで手を合わせる。
マクドナルドのハッピーセットで貰ってきたパトカーとはしご付消防車で子供が遊んでいる(はしごは危ないので取り外した。和名ハシゴナシハシゴツキショウボウシャ)。下痢は続いているが、元気。先ほどお粥も食べられた。
京都府南丹市で男児が行方不明となった事件は最悪の真相へ向かいつつある。遺体発見現場の近くには多くの花などが供えられ、大阪から来てファストフードのおもちゃ付きセット(恐らくマクドナルドのハッピーセットだろう)を供えたという男性も。歳の近い息子がいるという。
全ての子供が正当な扱いを受けるのが現実に難しいことはわかっているが、全ての子供が愛されて育つべきだという事実に変わりはない。
どれだけさみしかったろうと思う。

日記