No.321, No.320, No.319, No.318, No.317, No.316, No.3147件]

8月に入った。一年前の写真をGooglePhotoがサジェストしてきたのを見ると、子供がまだ赤ちゃんの外見をしている。たった一年でこんなに大きくなったのか。無事成長しているのはいいことのはずなのに、あまりにも時の進みがはやい。受け止めようとする両手から、きらきら輝く時の砂が溢れてこぼれて二度と戻らないような。
せめて毎日ここで日記を書こうかなどと思う。

今日の子供。昼寝の時間に外出がかかってしまい、短めに起こすことになったがなかなか目が覚めない。抱えてそっと揺すり起こそうとしてみるが、部屋の照明が眩しかったらしく突如として逃げ出し、這って布団へ戻っていったかと思うとパンダのぬいぐるみを抱えて突っ伏した。そのまま猫で言うところのごめん寝ポーズで寝た。

日記

今日の子ども。筑前煮のたけのこを気に入ってモリモリかじっていたが繊維が前歯の隙間に挟まりピーピー泣いて怒る(歯ブラシで取り除いた)。

日記

#詩 「砂漠」

柵を傍らにあるいている

はじまりもなく到達もなく

うつむいて。

かつてのように街角ごと

立って呼びかけてくる者はない

果てもなく実りもなく

砂は無言で風を散らし

雲は静かに時を動かし

小さな影法師がひとつ

浮かれおどりながらついてくる

それはいつかの私

あるいは今のおまえ



私が止まれば止まるのか

目をとじるとふたつの貝殻が鳴る

時の地層のなか うずもれて

小鳥が鳴いていた 空の高みで

自由を自由と思いもせずに

ほそく軽い骨をした翼を

今にも自由落下の法則にまかせて

断片

父が椅子でうたた寝しているのを見た子供「ジィジ ネンネ シタ」。これまでも「ボーリ(ボール) アッタ ヨー」などは言っていたが、三語文をはっきり確認できたのは初かも。

日記

#夢日記
友人の結婚式の披露宴に出ている。一緒に列席している友人は高校時代の部活の友達だが誰の結婚式だったのかは今振り返るとよくわからない。私ともう1人の友人は、知らない同世代の女性2〜3人と共に披露宴会場の隣の部屋にいて、仲人という立場らしい(仲人という言葉が実際に指すものとはだいぶ違って、ブライズメイドみたいな感じ)。でも特にやることはなく、隣の部屋に隔離されたままで、食事は運ばれてくるものの披露宴の会場は見えないし花嫁のお色直し後のドレスが何色だったのかすら知らないまま式が終わる。私は引き出物も貰ってないので受付に行ってその旨言うと、別の人の受付を無愛想にしていた女性が私には嫌味なほど丁寧な感じで応対するがその後ずっと待たされる。引き出物を受け取るとやたら大きくて重いので嫌気がさす。仲人席に置かれていた自分たちより、新婦と仲の良かった友人たちが披露宴の席の方に置かれていたので貧乏くじをひかされただけという気持ちになる。
家に帰ると子猫2匹を連れた母猫を家族が保護している。なぜかクリームシチューみたいなドロドロしたものの中を泳ぎ回っている。
結婚披露宴に来ていた別の友人と会うと、大量の古い食器や台所用品の入ったカートを引いていて、私に貰ってくれるよう頼んでくる。猫の話になり、死んでしまったことを私が話す(そのとき初めて私自身もその事を知る)と友人は気まずそうになる。
別の場面。翅のぼろぼろな蝶が前後して四匹出てくる。翅の損傷具合は個体によって違い、最後に出てきたのは四枚ともほとんど残っていない。一本の丈高い植物にとまっている蝶のもとに大きなカマキリが近寄っていく。カマに一匹を捕らえた時、カマキリは胴の付け根で真っ二つになるが、まだ死なず目をギョロギョロさせている。

断片

小松左京『霧が晴れた時』
「どんでん返し」という言葉が語源のままの意味で使われているのを初めて見た(『蟻の園』)。

日記