No.243, No.242, No.241, No.239, No.238, No.236, No.235[7件]
エックスサーバーのレンタル契約を3年間に変更。自動更新後、もう1つドメイン(.blog/.site/.onlineのいずれか)を無料で取得可能になるので何にしようかなと考えつつ(メインブログも持て余しているのにこれ以上何をする気なのだろうか……)。
編集用/非公開のテキスト 泣
また風邪をひいた。前回と同じパターンで、喉に違和感を覚えたかと思うと関節がキンキンし始め、ああまずいと布団にもぐりこむも手遅れ、ぽんと39℃の熱が出る。産後、本当に風邪をひきやすくなった。産んだら子を守り育てなきゃいけないのにこれ、バグじゃないのか。
こんなこともあろうかと小説応募の締切までにバッファを設けておいたのを順調に食いつぶしている。
こんなこともあろうかと小説応募の締切までにバッファを設けておいたのを順調に食いつぶしている。
桜が咲き始めている。
#夢日記
水をまとった男が、ドレスを着た少女を連れて優雅に走っている。絵のなかのできごと。公園の大きな池のほとりの、先端に噴水のあるウッドデッキを駆けていく画がとても美しい。私は本を閉じて書棚に戻す。一階に降りると、子供が、赤ちゃんの頃と今の姿と2人に分裂してお互い不思議そうに顔を見合わせている。
#夢日記
水をまとった男が、ドレスを着た少女を連れて優雅に走っている。絵のなかのできごと。公園の大きな池のほとりの、先端に噴水のあるウッドデッキを駆けていく画がとても美しい。私は本を閉じて書棚に戻す。一階に降りると、子供が、赤ちゃんの頃と今の姿と2人に分裂してお互い不思議そうに顔を見合わせている。
猫の13歳の誕生日。ダイソーで買ったバースデーバルーンに金色のマーカーペンで名前や日付、ガーランドを描き足し、特製バースデープレートと折りたたみ式のキャットハウスを進呈。誕生日を迎える度にいつか訪れる別れが頭をよぎるが、猫は何も恐れず、ただひたすら今だけを生きている。
山下澄人「砂漠ダンス」#読了
砂漠に行く男。意識がコヨーテに乗り移り砂漠を疾走するあたりの浮遊感がよかった。禁欲的な語り手かと思いきや女を誘えばよかったと繰り返し後悔するあたりが面白かった。途中まで訳がわからないが、少しずつ、「これがやりたかったのか」が見えてくる。
実は図書館の除籍本コーナーで「あ、『しんせかい』の人だ。そういえば未読の作家だ」と思って貰ってきた本なのだが、何回貸し出されたのか綺麗な状態でページも人の手にこなれておらずかたい。読んでみると確かに、純文学の極北をゆく作風と言うべきか、これは人を選ぶなと納得。個人的には苦手ではない。というか面白いのに。他の作品も読んでみようと思う。
山下澄人「砂漠ダンス」#読了
砂漠に行く男。意識がコヨーテに乗り移り砂漠を疾走するあたりの浮遊感がよかった。禁欲的な語り手かと思いきや女を誘えばよかったと繰り返し後悔するあたりが面白かった。途中まで訳がわからないが、少しずつ、「これがやりたかったのか」が見えてくる。
実は図書館の除籍本コーナーで「あ、『しんせかい』の人だ。そういえば未読の作家だ」と思って貰ってきた本なのだが、何回貸し出されたのか綺麗な状態でページも人の手にこなれておらずかたい。読んでみると確かに、純文学の極北をゆく作風と言うべきか、これは人を選ぶなと納得。個人的には苦手ではない。というか面白いのに。他の作品も読んでみようと思う。
山下澄人「砂漠ダンス」を読んでいる。一人称だが何を考えているのかまったくわからない、異物の語り手。
散歩中、砂場を誰かが掘り返したあとを発見した子供、そこがただの地面ではないことに気づく。穴に足を入れ、砂を掻きまくり、どんどん埋まっていきながら声を上げて笑っていた。おもしろい、世界はこんなにもおもしろいのだ。砂場用のスコップと小さいジョロを買おうと思った。
働いていた頃、帰りの電車に乗るとほっとした。出張帰りの新幹線など最高だった。何も考えなくていい、何もしなくても、「家に向かう」という任務が進んでいく。そして私は水をひとくちふたくち飲んだり、本を読んだりしているだけでいい。逆に、着くまではそれしかできないのだ。不自由で、だからこそ圧倒的に自由だった時間。育児中の今も、もしかしたらその「移動時間」なのかもしれないと思う。
散歩中、砂場を誰かが掘り返したあとを発見した子供、そこがただの地面ではないことに気づく。穴に足を入れ、砂を掻きまくり、どんどん埋まっていきながら声を上げて笑っていた。おもしろい、世界はこんなにもおもしろいのだ。砂場用のスコップと小さいジョロを買おうと思った。
働いていた頃、帰りの電車に乗るとほっとした。出張帰りの新幹線など最高だった。何も考えなくていい、何もしなくても、「家に向かう」という任務が進んでいく。そして私は水をひとくちふたくち飲んだり、本を読んだりしているだけでいい。逆に、着くまではそれしかできないのだ。不自由で、だからこそ圧倒的に自由だった時間。育児中の今も、もしかしたらその「移動時間」なのかもしれないと思う。
小川洋子「小箱」を #読了 。
幼稚園だった建物で暮らしている主人公。いなくなった子どもたちの影。遺髪や遺骨でつくられたミニチュアの楽器を耳たぶに揺らし、そっと風の演奏に耳を傾ける丘の親たち。大きな出来事が起こるわけではないが、子を亡くすという考えうる限り最大最悪の喪失にそっと寄り添いつづけるような書き下ろし小説だった。小川洋子作品の静謐さに浸りたいときにはうってつけかもしれない。