No.266, No.265, No.264, No.263, No.262, No.261, No.2607件]

下痢が長引いている子供を小児科に連れて行く。二次性乳糖不耐症との診断で、ミルクを飲ませるならミルクアレルギーの赤ちゃんが飲む乳糖不使用のものをと教わる。
午後はその、無乳糖調整粉末を求めてドラッグストアへ。森永の「ノンラクト」を購入。家で飲ませてみたところ、今までと味が違うためか残しがちだが一応飲んでくれた。もう食事も大人と変わらないものを食べており、今のところ偏食もないので、私の心理的なフォローアップミルクへの依存度を下げることも必要なのかもしれない。

日記

ウォーキングに出かけた父とショッピングモールで集合してフードコートで昼食をとった。子供に去年買った夏用帽子が見当たらず、陽射しも既にかなり強いので諦めて新しいものを買おうとしたら母が買ってくれた。
かかりつけの医師のみたてが合っていたのか、ミルクを乳糖不使用のものに変えてから子供は一気に元気になったように感じられる。

日記

端午の節句。

「ニャンニャン(一番よく呼ぶ)」「バァバ(大好き)」「ジィジ(特に用もなく呼ぶ)」、その他数多のモノの名前に遅れること半年以上、ようやく子供が「ママ」と呼ぶと私が反応することに気づいた模様。

ちょうど1歳半を少し過ぎたところでもあるので、口にする単語?をメモしておく。二語文は出ていない。しばらく接していないと忘れてしまい、また思い出して呼び始めるというケースもある。

生き物編
ニャンニャン…猫
ワンワン…犬。何をもってかわからないが犬と猫を明確に見分けている
マンバ…パンダ。国内の絵本で主役級の扱いを受けているのは犬猫に次いでパンダが多い気がする
テンテン…テントウムシ
チョッチョ…蝶
チュンチュン…鳥
ジュー…象。中つ国出身かもしれない

好物編
バンマ…バナナ
トントン…トマト
ジンジン…にんじん
ピンピン…ピーマン
パンパン…パン。食パンも袋入のやさいパンもパンパンと呼ぶ
リー…海苔。1歳半現在、一番執着している食べ物。
ジュッジュ…紙パックやパウチ入りの飲料。特別なときに貰える魅惑の飲み物。

その他
ブッブ…水、飲み物
ミンミ…ミルク。最近やっと哺乳瓶を卒業。
マンマ…ごはん。食べ物。
ブーブー…車
ポンポン…ボール、球体のもの
ナーナ…花、鼻。言いながら人の鼻の穴に指を突っ込もうとするのはやめてほしい
メー…目。言いながら人の目を指で突き刺すのはやめてほしい
チチー…口。言いながら(ry
アンマン…アンパンマン
モンモ…外

単語以外
デターイ、ダィテー…ベビーサークルや浴槽から出たい、或いは逆に入りたい、今いるところが嫌だという表明
テッテー、ヤッテー?…取って、やって等の依頼、委任表明
ットーン!…本人が気分よくやっている動作の効果音。キーボードをカチャカチャ…ッターン!とやるタイプかもしれない
ピンポーン…スイッチを押すときの効果音、インターフォンが鳴ったときの唱和
アイ!アイ!…大人が電話をしているときの真似


キィロー…ひとり遊びのとき一番よく発している謎の言葉。クレヨンや色鮮やかなものはみんなキィロー。黄色じゃなくてもキィロー。絵本に大きくカラフルに描かれた「!」「?」もキィロー、書棚のガラス扉の向こうに見つけた中国土産の人形もキィロー。
ジー…アルファベットを見つけると言う。「字」ではないと思う。
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日記

#menu 空飛ぶアップルパイ — ジョーン・エイキン「空のかけらをいれてやいたパイ」

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更新時期が近づいているレンタルサーバーを他社に移行するか考え中。具体的にはエックスサーバーから現在のドメインも引き払うかたちでロリポップサーバーへ。考え中というか、もう気持ちはだいぶそちらへ傾いているのだが、引越し作業をどのように成功させるかだけが懸念点。

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#menu
リライト分
傲慢な紳士のバターミルクフライ — 宮沢賢治「注文の多い料理店」より

​「食べられちゃえばよかったのに」と、少しだけ残念に思った全ての方へ。本日は、宮沢賢治の不朽の名作「注文の多い料理店」より、「もし山猫軒のオーナーがクッキングに成功していたら」について考えてみたいと思います。
 倒れた猟犬たちが助けに来てくれたことで間一髪、難を逃れた紳士たち。
 しかし助けが来なかった場合、いったいどんな紳士料理ができあがっていたのでしょうか。
 物語の面白さを味わいながら考察したいと思います。
すこし行きますとまた扉(と)があって、その前に硝子の壺が一つありました。扉には斯う書いてありました。
「壺のなかのクリームを顔や手足にすっかり塗ってください。」
みるとたしかに壺のなかのものは牛乳のクリームでした。

 山奥へ狩猟に来た二人の紳士。霧の中で道に迷い、一軒の西洋料理店「山猫軒」を見つけます。
 「どなたもどうかお入りください」という言葉に誘われ、空腹の二人は奥へ進みますが、次々と現れる扉には「金属類を外せ」「クリームを塗れ」「塩を揉みこめ」と奇妙な注文ばかり。
 「自分たちは客ではなく、食材である」と気づくも時すでに遅し、二人は最後の扉の前に立っていました——。

 宮沢賢治は生前、25歳の若さで書いたこの物語について「都会のブルジョワジーに対する地方の若者の怒り」がこめられていると語ったそうです。
 なるほど、二人の紳士が軽佻浮薄で不謹慎な輩だということは、物語の序盤からこれでもかと示されています。

 この物語の真髄は、そんな都会の特権階級である紳士たちが、自らの手で自分を「美味しく」仕上げていく滑稽さにあります。
 もちろん、「身なりをきちんとせよ」「鉄砲と弾丸を置け」といった注文は、単に食べやすくするためだけでなく、「大自然に敬意を払え」「面白半分の殺生を止めよ」といったメッセージがこめられているとも解釈できるかもしれません。
 紳士たちは、「えらいひと」が来店しているためドレスコードが厳しいのだと勘違いしていますが、店の奥にいるのは貴族などより遥かに畏敬の念を払うべき存在だったというわけです。
 興味深いのは、クリームを塗り、酢(香水瓶の中身)を振りかけ、塩を揉み込む工程です。これらは現代の料理法に照らせば、肉を柔らかくし、臭みを消して味を整える「バターミルクフライ」の再現と言えるかもしれません。

【材料】
紳士の骨付き肉・・・2本 ※手に入らない場合は鶏もも肉で代用可
クリーム・・・・・・1/2カップ
酢・・・・・・・・・少々
塩・・・・・・・・・少々
小麦粉・・・・・・・適量
調理油・・・・・・・適量
菜っ葉(飾り用)・・・適量

【作り方】
骨付き肉にクリームをよく塗り込む
酢を振りかけて、代用バターミルクの風味にする
塩をよく揉みこむ
小麦粉の上を転がす
油でからっと揚げる
お皿にのせて菜っ葉を添える
少し冷ます

​ 紳士たちは自分の慢心というスパイスに気づかず、せっせと「最高の一皿」への協力を惜しまなかったのです。
​ そんな彼らの目の前で「注文の多い料理店」の本当の意味が明らかになり、注文する側とされる側、狩る側と狩られる側が逆転する瞬間が鮮やかです。

 物質的に豊かな現代の生活。一方で、情報の洪水に呑まれて地に足つかず、大切なことを忘れてしまっている面もあるのかもしれません。
 豊穣な自然の恵みや、そこに生きる人々の忍耐深さがなければ、都会の一見豊かな暮らしなどたちまちにして崩れ去ってしまうわけですから……。
 ある日気がついたら、私たち皆で「西洋料理店 山猫軒」の最後の扉の前に立ちつくしていた、なんてことにならなければいいのですが。
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#menu 五位の芋粥 — 芥川龍之介「芋粥」より

 現実の味は、しばしば空想や思い出のなかのそれを超えることができないもの。
 大切に抱えつづけていた夢の味ならなおのことでしょう。
 古典を翻案したといわれる芥川龍之介の短篇「芋粥」より、憧れと幻滅の逸品をご紹介します。
最後に、その山の芋が、一つも長筵の上に見えなくなつた時に、芋のにほひと、甘葛のにほひとを含んだ、幾道かの湯気の柱が、蓬々然として、釜の中から、晴れた朝の空へ、舞上つて行くのを見た。
 ときは平安時代、主人公は風采のあがらない小役人で、作中ではただ『五位』と呼称されています。
 見た目も才覚もぱっとせず、おとなしい性格ゆえに同僚たちからさんざんコケにされている五位。悪戯のレベルを明らかに超えた嫌がらせをされても、臆病な性格の彼は「いけぬのう、お身たちは」と弱々しく呟くのが関の山でした。
 そんな彼にも、ひとつの夢がありました。
 それは、『芋粥』を飽きるほど食べてみたいというもの。
 芋粥とは「山の芋を中に切込んで、それを甘葛の汁で煮た、粥の事」と作中にはありますが、甘いとろろみたいな感じなのでしょうか。なかなか想像しづらいですが、五位にとってはめったに食べられない憧れの味であり、ただひとつの執着、欲望の対象なのでした。
 ある日、芋粥をほんの僅か口にすることができた五位は思わず、「いつになったらこれに飽きることができるだろうか」という心の声を口に出してしまいます。
 それを耳にした豪族・藤原利仁が、飽きるほど食べさせてやろうと持ちかけるのですが……。

 たかが芋粥、されど芋粥。何度読んでもつらい話です。
 めったに口に入らないからこそ、憧れと欲望を胸のなかで煮詰め、大切に抱えこんでいられた五位。
 それが他人の手で、いとも容易く大量に用意され、「さあ飽きるほど食べていいぞ」と言われる。これは夢の実現ではなく、破壊にほかなりません。なみなみとつがれた芋粥を前に、五位が食欲をなくしたのも道理と言えましょう。

 唯一の救いであり、個人的に強く印象に残っているのは、作中に登場する名前のない人物。
 はじめは同僚と一緒になって五位をからかった彼ですが、「いけぬのう、お身たちは」と弱々しい抵抗にあってから、五位のなかに一人の『人間』を見いだすようになる。相対的に、世の中が下等に思えてくる。
 この人物については、現代的な倫理が人のかたちをとり、作中唯一の良心として現れたような印象を持ちました。

 飽いてみたいけれど、それは、飽いてしまいたくはないということ。そんな矛盾をはらんだ憧れの味に、私も覚えがある気がしています。
 『芋粥』を失ったあと、五位がどんなふうに生きていくのか、他人事でない思いです。
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おじいさんが猫のために作るポテト・スープ — テリー・ファリッシュ「ポテト・スープが大好きな猫」より

 猫舌のはずの猫でも、こんな優しいスープなら食べられるのでしょうか。
​ テリー・ファリッシュの絵本「ポテト・スープが大好きな猫」より、猫の大好物だという素朴で温かいスープをご紹介します。
この猫の好物は、おじいさんの作ってくれるポテト・スープでした。それもおじいさんが、この雌猫を気に入っている理由のひとつです。
――テリー・ファリッシュ『ポテト・スープが大好きな猫』(村上春樹訳、講談社文庫)より

 テキサスの田舎で静かに暮らすおじいさんと年老いた雌猫。二人は毎日一緒に釣りに出かけますが、この猫は魚を捕るわけでもなく、ただ小舟に乗っているだけ。それでも、二人は互いに居心地の良い関係を築いていました。
 そんなある日、おじいさんが買ってきた電気毛布が、二人の心地よいルーティンに小さな波紋を広げます。

 本来、肉食であるはずの猫。猫舌だし、野菜のスープなんて興味を持ちそうにありません。
 しかし、この猫を虜にするのは、豪華なメインディッシュではありません。おじいさんが芋の皮を剥き、丁寧に潰し、(そしてきっとちょうど良い温度に冷ました)『ポテト・スープ』なのです。
 猫が飲みやすいよう浅い皿に注がれたスープは、きっとポタージュ状でしょう。乳糖に配慮するなら豆乳や少量の油脂でコクを出し、素材の甘みを引き出しているはずです。
 挿絵を観察すると、おじいさんが使うのは素朴な道具ばかり。おじいさんの不器用な指先から伝わる愛情こそが、猫の嗅覚を刺激する最高のスパイスになっているに違いありません。
​ 互いの距離感を大切にし、自立した個として振る舞いながらも、温かなスープという絆で結ばれた一人と一匹。その関係性は、猫好きで知られる村上春樹氏があとがきで「こんな晩年を送るのもいい」と吐露するほど、静かで、深い充足感に満ちています。
 心まで冷えるような夜には、誰かのために作る温かいスープが、何よりの特効薬になるのかもしれません。
​ それではどうぞ、召し上がれ。
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