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蔵書リスト #記録
子供のお昼寝中にルポルタージュ・エッセイ「母は死ねない」を半ばまで読む。さまざまな形で「母」という呪縛へ身を投じた女たち、その娘たち。ストーリーにとって都合のいい事実だけを切り貼りしている感があるが、圧倒的な現実を前に各章があまりにも短いためかもしれない。陶酔感が鼻につく箇所もあり、ところどころ引っかかる。
「母という呪縛 娘という牢獄」「戦争は女の顔をしていない」はよかった。「魚が存在しない理由」は面白かったが、語り口は苦手だった。私は饒舌すぎるノンフィクションの語り手が苦手なのかもしれない。
節分。子供の小さな手に豆を握らせ、一緒に庭へ投げる。家の中に投げる分はビニールの小袋に入っている。鬼の面を不思議そうに眺めている子供。風呂に入るとペタッと鏡を触り、小さな可愛らしい手形が残ったので母に写真を撮ってもらった。
「母という呪縛 娘という牢獄」「戦争は女の顔をしていない」はよかった。「魚が存在しない理由」は面白かったが、語り口は苦手だった。私は饒舌すぎるノンフィクションの語り手が苦手なのかもしれない。
節分。子供の小さな手に豆を握らせ、一緒に庭へ投げる。家の中に投げる分はビニールの小袋に入っている。鬼の面を不思議そうに眺めている子供。風呂に入るとペタッと鏡を触り、小さな可愛らしい手形が残ったので母に写真を撮ってもらった。
年が明けてあっという間に1月5日、市役所が開いたので手続きに訪れる。1月6日。世間は昨日が仕事始めで、図書館は今日から開く。
編集用/非公開のテキスト 晶
2025年8月の #読了
今月も長いので折りたたみ。というより今後ずっとそうなる気がする。
自分のために
純文学を2冊とホラー小説を2冊読んだ。特筆すべき事項として、読みたいリストに入れていたハン・ガンの「少年が来る」を読んだ。ハン・ガン作品はいつも、没入感のあとに押し寄せる巨大で重たい何かを引きずることになる。
◆小島:小山田浩子
「小島」「ヒヨドリ」「ねこねこ」「けば」「土手の実」「おおかみいぬ」「園の花」「卵男」「子猿」「かたわら」「異郷」「継承」「点点」「はるのめ」
前に図書館で借りたが殆ど読めぬまま返却した、と思っていたのだが、「かたわら」の途中まで読み進めていたことに気づいた。
心がざわざわする良作が多いのだが、なぜか、この時期少しスランプ気味だったのではと思ってしまう。もっと大きなものをこの人に期待しているせいか。大きなものを見いだすのは読み手にかかっているということか。 好きだった作品。
「けば」ひりつくような、しょうもない人間関係の一方、ゆったり死んだまま正体不明の毛羽立った存在に分解されゆく死骸の自由さ。
「土手の実」突然出現した樹になっていた正体不明の実。移ろいゆくもの。
未熟な猿真似の子育てを野生の猿に看破されているかのような「子猿」をそのように読む人はどれくらいいるのだろうか。
◆撮ってはいけない家:矢樹純
◆或る集落の●:矢樹純
「或る集落~」の発売前PRとして冒頭が公開されており、風景描写などの端正さもなかなかで面白そうだったので前作と共に借りてきた。同時に読んでいたのがハン・ガンなので描写がいいと言ってもやはり紋切り型の表現が目立つのは仕方ない。連作短編集「●」はなかなか味わい深い謎めいた余韻で好みだった。ばらばらに作られたものを共通の登場人物で繋ぐ手法で、すっきり謎解きがなされるわけではない。反対に、探偵役がいる「家」の方は次から次へと謎や不気味な事象が生じて終始緊張感があるが、全体を通じた主題のようなものは曖昧で、澤村伊智の比嘉姉妹シリーズのようなメッセージ性を期待すると少々物足りないか。
◆少年が来る:ハン・ガン
読みたいリストに入れていた一冊。ハン・ガンは「ギリシャ語の時間」「回復する人間」「菜食主義者」が既読、かな。光州事件を題材に、聞こえない声を丁寧に聴き取り、殺された者、生き残った者、何かを喪った者たちの断章を書く。文章力、という言葉は底が浅い気がして、特に文学作品に対しては使いたくないのだが、いやこれは文章力だ。文章の力であると思う。
塔のように積み重なる声。
何度も折って……。
投獄の記憶。
私にも覚えがある、トラウマをこんなに的確に表現した文章を他に知らない。
光州事件で命を落とした、数えで15歳だった少年の母の声で物語──と言っていいのか──は終わる。
畳む
子のために
◆どのはないちばんすきなはな?
◆ももも
◆ぱたぱたえほん
◆はしるのだいすき
◆スプーンちゃん
◆だーれのおしり?
◆はんぶんこ
◆でてこいでてこい
◆へびにゅにゅにゅ
畳む
その他
今月もアレルギー関連の本を。
◆専門医ママが教える!子どものアレルギーケア:岸本 久美子
畳む
今月も長いので折りたたみ。というより今後ずっとそうなる気がする。
自分のために
純文学を2冊とホラー小説を2冊読んだ。特筆すべき事項として、読みたいリストに入れていたハン・ガンの「少年が来る」を読んだ。ハン・ガン作品はいつも、没入感のあとに押し寄せる巨大で重たい何かを引きずることになる。
◆小島:小山田浩子
「小島」「ヒヨドリ」「ねこねこ」「けば」「土手の実」「おおかみいぬ」「園の花」「卵男」「子猿」「かたわら」「異郷」「継承」「点点」「はるのめ」
前に図書館で借りたが殆ど読めぬまま返却した、と思っていたのだが、「かたわら」の途中まで読み進めていたことに気づいた。
心がざわざわする良作が多いのだが、なぜか、この時期少しスランプ気味だったのではと思ってしまう。もっと大きなものをこの人に期待しているせいか。大きなものを見いだすのは読み手にかかっているということか。 好きだった作品。
「けば」ひりつくような、しょうもない人間関係の一方、ゆったり死んだまま正体不明の毛羽立った存在に分解されゆく死骸の自由さ。
「土手の実」突然出現した樹になっていた正体不明の実。移ろいゆくもの。
未熟な猿真似の子育てを野生の猿に看破されているかのような「子猿」をそのように読む人はどれくらいいるのだろうか。
◆撮ってはいけない家:矢樹純
◆或る集落の●:矢樹純
「或る集落~」の発売前PRとして冒頭が公開されており、風景描写などの端正さもなかなかで面白そうだったので前作と共に借りてきた。同時に読んでいたのがハン・ガンなので描写がいいと言ってもやはり紋切り型の表現が目立つのは仕方ない。連作短編集「●」はなかなか味わい深い謎めいた余韻で好みだった。ばらばらに作られたものを共通の登場人物で繋ぐ手法で、すっきり謎解きがなされるわけではない。反対に、探偵役がいる「家」の方は次から次へと謎や不気味な事象が生じて終始緊張感があるが、全体を通じた主題のようなものは曖昧で、澤村伊智の比嘉姉妹シリーズのようなメッセージ性を期待すると少々物足りないか。
◆少年が来る:ハン・ガン
読みたいリストに入れていた一冊。ハン・ガンは「ギリシャ語の時間」「回復する人間」「菜食主義者」が既読、かな。光州事件を題材に、聞こえない声を丁寧に聴き取り、殺された者、生き残った者、何かを喪った者たちの断章を書く。文章力、という言葉は底が浅い気がして、特に文学作品に対しては使いたくないのだが、いやこれは文章力だ。文章の力であると思う。
塔のように積み重なる声。
皆さん、赤十字病院に安置されていた、愛するわが市民たちが今ここにやって来ています。
女性のリードで愛国歌の斉唱が始まる。数千人の声が、高さ数千メートルの塔のように幾重にも積み重なって女性の声を覆ってしまう。ひどく重々しく上昇した後に絶頂から決然と吹き下りるそのメロディーを、君も低い声でなぞって歌う。
何度も折って……。
ソウル市役所前に着くと、体格のがっしりした私服警官が彼女の前に立ちはだかる。
かばんを開けてください。
こんな瞬間には自分の一部をしばらく引き離しておかなくてはいけないことを彼女は知っている。何度も折ってできた線に沿ってたやすく折り畳める紙のように、意識の一部が彼女から抜け落ちていく。恥ずかしがることなく、彼女はかばんを開けて中を見せる。ハンカチとアカシア味のガムとペンケースと仮製本、かさついた唇に塗るワセリンと手帳と財布が入っている。
投獄の記憶。
だから、兄貴、魂なんてもんは、何でもないってことかな。
いや、それは何かガラスみたいなものかな。
ガラスは透明で割れやすいよね。それがガラスの本質だよね。だからガラスで作った品物は注意深く扱わなくてはいけないよね。ひびが入ったり割れたりしたら使えなくなるから、捨てなくてはいけないから。
昔、僕たちは割れないガラスを持っていたよね。それがガラスなのか何なのか確かめてみもしなかった、固くて透明な本物だったんだよね。だから僕たち、粉々になることで僕たちが魂を持っていたってことを示したんだよね。ほんとにガラスでできた人間だったってことを証明したんだよね。
私にも覚えがある、トラウマをこんなに的確に表現した文章を他に知らない。
その夢すらも開いて外に出ると、ついに最後の夢が待っている。灰白色の街灯の下で暗闇を見つめながら、あなたは突っ立っている。
目覚めに近づくほど、夢はそんなふうに残酷さが弱まる。眠りはさらに浅くなる。書道半紙のように薄くなってカサカサ音を立てているうちに、ついに目が覚める。悪夢なんかどうということもないと悟らせる記憶の数々が、静かにあなたの枕元で待っている。
光州事件で命を落とした、数えで15歳だった少年の母の声で物語──と言っていいのか──は終わる。
どうしたことか、母ちゃんが三十路のときに末っ子のおまえを産んだんだよ。母ちゃんは生まれつき左の乳首の形が変てこで、おまえの兄ちゃんたちはお乳がよく出る右のおっぱいばかり吸ったんだよ。母ちゃんの左のおっぱいはぱんぱんに張るばかりで赤ちゃんが吸ってくれないものだから、柔らかい右のおっぱいと違ってすっかり硬くなってしまってね。そんなふうに左右が不ぞろいのみっともないおっぱいで何年か暮らしたんだ。でもおまえは違ってた。左のおっぱいを向けたら向けたなりに、変てこな形の乳首をほんとに素直に吸ってくれたんだ。それで両方のおっぱいが同じように柔らかく垂れ下がったんだよ。
どうしたことかお乳を飲むときに、おまえはにこにことよく笑ったものだよ。においの良い黄色いうんちを布おしめにしたよ。動物の赤ん坊みたいに四つん這いであちこち動き回って、 何でも口に入れたよ。そうしているうちに熱を出したら顔が青ざめて、ひきつけを起こしては酸っぱいにおいのするお乳を母ちゃんの胸に吐いたものだよ。どうしたことか、おっぱいから離れたとき、おまえは爪が紙みたいに薄くなるまで親指をおしゃぶりしたよ。あんよ、こっちにあんよ、手をたたく母ちゃんの方に一歩、二歩とよちよち歩きをしたものだよ。にこにこしながら七歩あんよして、母ちゃんに抱っこされたんだよ。
八つになったときにおまえが言ったんだ。僕、夏は嫌いだけど、夏の夜は好き。どうってこともないその言葉が耳に心地良くてね、母ちゃんはおまえが詩人になるかも、とひそかに思ったものだよ。夏の夜、庭の縁台で父ちゃんと三人兄弟がそろって西瓜を食べたときに。口元にべとべとくっついた甘い西瓜の汁をおまえが舌の先でぺろぺろなめたときに。
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子のために
◆どのはないちばんすきなはな?
◆ももも
◆ぱたぱたえほん
◆はしるのだいすき
◆スプーンちゃん
◆だーれのおしり?
◆はんぶんこ
◆でてこいでてこい
◆へびにゅにゅにゅ
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その他
今月もアレルギー関連の本を。
◆専門医ママが教える!子どものアレルギーケア:岸本 久美子
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2025年7月の #読了
今月は長いので折りたたみ。読み聞かせの絵本は数があるので、今後も折りたたみ形式になるものと思う。
自分のために
純文学では短篇をたくさん読んだ。その他、書店でインパクトのある装丁に惹かれて内容も気になっていた「魚が存在しない理由」も読了。
◆ものごころ:小山田浩子
「はね」「心臓」「おおしめり」「絵画教室」「海へ」「種」「ヌートリア過ぎて」「ものごころごろ」
◆池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 第3集05 短篇コレクションⅠ
図書館で借りること三度目にしてようやく読了。
再読のコルタサル「南部高速道路」(木村榮一訳) 前に見つけた誤植と別の脱字を見つける。初めて読んだときの鮮烈な印象をもう一度味わえたらなあ。こんなにたびたび再読していたら無理か。好きな短篇、でもコルタサルで一番好きな短篇というわけではない。
これも再読のオクタビオ・パス「波との生活」(野谷文昭訳)、マラマッド「白痴が先」(柴田元幸訳)、フアン・ルルフォ「タルパ」(杉山晃訳)。
「波との生活」は最初に読んだときとは印象が大きく異なり、最後に氷像と化した波を近くのレストランに売り払ってしまうのが酷いように思った。海に返してはやれないのだろうか。詩人だけあって詩的かつ幻想的に美しく描かれているのだが、筋書きとそれが表しているものを考えると、だから何なの、でないこともない。「白痴が先」は何か引っかかるものがあるように思ったのだが忘れてしまった。ルルフォの作品は本当に再読に耐える(と思う)。
以下は今回初めて読んだものたち。ただ「夜の海の旅」はどこかで読んだことがあるような。
「色、戒」張愛玲/垂水千恵
「肉の家」ユースフ・イドリース/奴田原睦明訳
「小さな黒い箱」P・K・ディック/浅倉久志訳
「呪(まじな)い卵」チヌア・アチェベ/管啓次郎
「朴達(バクタリ)の裁判」金達寿
「夜の海の旅」ジョン・バース/志村正雄
「ジョーカー最大の勝利」ドナルド・バーセルミ/志村正雄
「レシタティフ─叙唱」トニ・モリスン/篠森ゆりこ
「サン・フランシスコYMCA讃歌」リチャード・ブローティガン/藤本和子
「ラムレの証言」ガッサーン・カナファーニー/岡真理
「冬の犬」アリステア・マクラウド/中野恵津子
「ささやかだけれど、役にたつこと」レイモンド・カーヴァー/村上春樹
「ダンシング・ガールズ」マーガレット・アトウッド/岸本佐知子
「母」高行健/飯塚容訳
「猫の首を刎ねる」ガーダ・アル=サンマーン/岡真理
「面影と連れて(うむかじとぅちりてい)」目取正俊
◆魚が存在しない理由:ルル・ミラー/上原裕美子
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子のために
図書館で絵本を借りてきてたくさん読んだ。
◆ひよこさん(福音館書店0.1.2.えほん):征矢清/林明子(絵)
◆つんこんぱっ(福音館書店0.1.2.えほん):こぺんなな
◆ごぶごぶごぼごぼ(福音館書店0.1.2.えほん):駒形 克己
◆ぱっちりおはよう(福音館書店0.1.2.えほん):増田 純子
◆パンふわふわ(講談社の幼児えほん):彦坂有紀/もりと いずみ(絵)
◆カラフル(すこやかあかちゃんえほん4 岩崎書店):新井 洋行
◆おつきさまこんばんは(福音館書店):林明子
◆めとめがあったら(ブロンズ新社):おくむら けんいち/マッティ・ピックヤムサ(絵)
◆おやさいとんとん(ママと赤ちゃんのたべもの絵本2 岩崎書店):真木文絵/石倉ヒロユキ(絵)
◆おさかなちゃんのじょうずじょうず(学研プラス 0・1・2さい[ちっちゃなおさかなちゃんの本]):ヒド・ファン・ヘネヒテン/古藤ゆず(翻案)
◆へんしん うみのいきもの(ほるぷ出版):三浦 太郎
◆すいぞくかん(マルジュ社 かがみのくに):藤田伸
◆くだものいろいろかくれんぼ(ポプラ社 これなあに?かたぬきえほん):いしかわ こうじ
◆フライパン(しかけえほん WORK×CREATEシリーズ コクヨ):きのしたけい/moko(絵)
◆あそぼうよ(好学社):レオ=レオニ/谷川俊太郎
レオ=レオニの描く、どこかとぼけた感じのするねずみたちが、今日は何をして過ごそうかと話し合う絵本。絵がとても可愛らしく、芸術的な色遣い。乳児ウケはやや微妙だった。
◆きょうのおやつは(かがみのえほん, 福音館書店):わたなべ ちなつ
ページの片側が鏡面になっていて、垂直に立てることで見開きのもう半分に描かれたイラストが左右対称に映し出され、絵が完成するという仕掛け絵本。今日のおやつはホットケーキ。鏡に映すと卵はふたつに、フライパンは丸く、ホットケーキも丸く、最後のお茶とお皿は2人分。とても面白いのだが、子はにぶく輝く鏡に夢中でまだ絵本のギミックを楽しむには至らず。
◆いっぱいあるよ!おでかけどれにする?(偕成社):てづか あけみ
今日のお出かけで乗っていく乗り物、持って行くおもちゃ、行き先、行き先での過ごし方など、選択肢のイラストがたくさん、ページいっぱいに描き込まれた絵本。色合いも鮮やかで、これは喜ぶのではと思ったが反応はそうでもなかった。
◆ぞうのエルマー エルマーのいちにち(BL出版):デビッド マッキー/きたむら さとし
ビビッドな体色を持つ象のエルマーが一日を過ごすお話。やや食いつきよし。それにしてもエルマーは、普通の体色の仲間たちとするかくれんぼで著しく不利である。
◆おべんとうバスのかくれんぼ(ひさかたチャイルド):真珠 まりこ
お弁当の中身たちがかくれんぼをするお話。エビフライやブロッコリーなど、上手く隠れていて面白い。大きめの絵本で、線が太く、色合いも鮮やかなためか喜んで見ていた。
◆はこあけて(あけてえほん図書, 偕成社):新井 洋行
お道具箱、ケーキの箱、おもちゃ箱、お弁当箱が描かれ、ページをめくるとパカッと箱が開いて中身が飛び出す絵本。たまたまだと思うがケーキとお弁当のページで口をモグモグ動かす。
◆Sassyのあかちゃんえほん ちゃぷちゃぷ
同じシリーズの「にこにこ」が子のファースト絵本で、特にお魚のページのとても反応が良かったので期待して借りる。やはり乳児の興味を惹きつけるようにできているのかじっと見ているが、嬉しそうに笑ったり声を立てたりという反応はなし。
◆がたんごとんがたんごとん(ボードブック版, 福音館書店):安西 水丸
絵は地味な感じで、ボードブック版なので小型だしどうかなと思いつつ読み聞かせ。結論から言うと非常に気に入ったようだったので何度も読んだ。がたんごとんという音の繰り返し、少しずつ乗客(?)が増えていくシンプルな展開が乳児にも楽しめるのかもしれない。
◆とっくん(こどものとも0.1.2(2024年2月) 福音館書店):駒形 克己
抽象的な円や楕円、ひょうたんのような形が描かれた各ページに、丸みを帯びたいびつな形の穴があいていて、穴から見える色や「とくん、とっくん、ととととと、どっくん」という鼓動のようなオノマトペが入っている。こんな抽象的で地味な感じのものはさすがにウケないだろうなと思いつつ、自分の感性で選ぶと偏るからと思い、とりあえず借りたのだったが今回借りたなかで一番反応が良かったのが意外にもこれだった。
乳児目線では何が刺さるかわからない。ただ傾向として言えるのは、やはり月齢相当のものが総じて良い反応を得られた(と書くと何だか自分の子で実験でもしているかのようであるが)。絵を見て楽しむ分には少し対象年齢が上のものでもいいのではないかと思っていたが、逆にもう少し大きくなったらつまらなくなってしまうようなものをたくさん読み聞かせしておくべきなのだろうと思う。
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その他
子の食物アレルギーで塞いだ気を取り直してアレルギーやアトピーに関する書籍を読む。そういえば、家庭医学や育児に関する本を読むという発想がこれまでなかった。
◆アレルギーのない子にするために1歳までにやっておきたいこと15:古賀 泰裕
◆ステロイドの真常識 アトピーのある子のスキンケア:岡藤 郁夫
◆赤ちゃんと子どものアレルギー&アトピーBOOK:永倉俊和(監修)
◆食物アレルギーの悩みを解消する!最新治療と正しい知識 安全な食べ方が分かる本:海老澤 元宏(監修)
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今月は長いので折りたたみ。読み聞かせの絵本は数があるので、今後も折りたたみ形式になるものと思う。
自分のために
純文学では短篇をたくさん読んだ。その他、書店でインパクトのある装丁に惹かれて内容も気になっていた「魚が存在しない理由」も読了。
◆ものごころ:小山田浩子
「はね」「心臓」「おおしめり」「絵画教室」「海へ」「種」「ヌートリア過ぎて」「ものごころごろ」
◆池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 第3集05 短篇コレクションⅠ
図書館で借りること三度目にしてようやく読了。
再読のコルタサル「南部高速道路」(木村榮一訳) 前に見つけた誤植と別の脱字を見つける。初めて読んだときの鮮烈な印象をもう一度味わえたらなあ。こんなにたびたび再読していたら無理か。好きな短篇、でもコルタサルで一番好きな短篇というわけではない。
これも再読のオクタビオ・パス「波との生活」(野谷文昭訳)、マラマッド「白痴が先」(柴田元幸訳)、フアン・ルルフォ「タルパ」(杉山晃訳)。
「波との生活」は最初に読んだときとは印象が大きく異なり、最後に氷像と化した波を近くのレストランに売り払ってしまうのが酷いように思った。海に返してはやれないのだろうか。詩人だけあって詩的かつ幻想的に美しく描かれているのだが、筋書きとそれが表しているものを考えると、だから何なの、でないこともない。「白痴が先」は何か引っかかるものがあるように思ったのだが忘れてしまった。ルルフォの作品は本当に再読に耐える(と思う)。
以下は今回初めて読んだものたち。ただ「夜の海の旅」はどこかで読んだことがあるような。
「色、戒」張愛玲/垂水千恵
「肉の家」ユースフ・イドリース/奴田原睦明訳
「小さな黒い箱」P・K・ディック/浅倉久志訳
「呪(まじな)い卵」チヌア・アチェベ/管啓次郎
「朴達(バクタリ)の裁判」金達寿
「夜の海の旅」ジョン・バース/志村正雄
「ジョーカー最大の勝利」ドナルド・バーセルミ/志村正雄
「レシタティフ─叙唱」トニ・モリスン/篠森ゆりこ
「サン・フランシスコYMCA讃歌」リチャード・ブローティガン/藤本和子
「ラムレの証言」ガッサーン・カナファーニー/岡真理
「冬の犬」アリステア・マクラウド/中野恵津子
「ささやかだけれど、役にたつこと」レイモンド・カーヴァー/村上春樹
「ダンシング・ガールズ」マーガレット・アトウッド/岸本佐知子
「母」高行健/飯塚容訳
「猫の首を刎ねる」ガーダ・アル=サンマーン/岡真理
「面影と連れて(うむかじとぅちりてい)」目取正俊
◆魚が存在しない理由:ルル・ミラー/上原裕美子
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子のために
図書館で絵本を借りてきてたくさん読んだ。
◆ひよこさん(福音館書店0.1.2.えほん):征矢清/林明子(絵)
◆つんこんぱっ(福音館書店0.1.2.えほん):こぺんなな
◆ごぶごぶごぼごぼ(福音館書店0.1.2.えほん):駒形 克己
◆ぱっちりおはよう(福音館書店0.1.2.えほん):増田 純子
◆パンふわふわ(講談社の幼児えほん):彦坂有紀/もりと いずみ(絵)
◆カラフル(すこやかあかちゃんえほん4 岩崎書店):新井 洋行
◆おつきさまこんばんは(福音館書店):林明子
◆めとめがあったら(ブロンズ新社):おくむら けんいち/マッティ・ピックヤムサ(絵)
◆おやさいとんとん(ママと赤ちゃんのたべもの絵本2 岩崎書店):真木文絵/石倉ヒロユキ(絵)
◆おさかなちゃんのじょうずじょうず(学研プラス 0・1・2さい[ちっちゃなおさかなちゃんの本]):ヒド・ファン・ヘネヒテン/古藤ゆず(翻案)
◆へんしん うみのいきもの(ほるぷ出版):三浦 太郎
◆すいぞくかん(マルジュ社 かがみのくに):藤田伸
◆くだものいろいろかくれんぼ(ポプラ社 これなあに?かたぬきえほん):いしかわ こうじ
◆フライパン(しかけえほん WORK×CREATEシリーズ コクヨ):きのしたけい/moko(絵)
◆あそぼうよ(好学社):レオ=レオニ/谷川俊太郎
レオ=レオニの描く、どこかとぼけた感じのするねずみたちが、今日は何をして過ごそうかと話し合う絵本。絵がとても可愛らしく、芸術的な色遣い。乳児ウケはやや微妙だった。
◆きょうのおやつは(かがみのえほん, 福音館書店):わたなべ ちなつ
ページの片側が鏡面になっていて、垂直に立てることで見開きのもう半分に描かれたイラストが左右対称に映し出され、絵が完成するという仕掛け絵本。今日のおやつはホットケーキ。鏡に映すと卵はふたつに、フライパンは丸く、ホットケーキも丸く、最後のお茶とお皿は2人分。とても面白いのだが、子はにぶく輝く鏡に夢中でまだ絵本のギミックを楽しむには至らず。
◆いっぱいあるよ!おでかけどれにする?(偕成社):てづか あけみ
今日のお出かけで乗っていく乗り物、持って行くおもちゃ、行き先、行き先での過ごし方など、選択肢のイラストがたくさん、ページいっぱいに描き込まれた絵本。色合いも鮮やかで、これは喜ぶのではと思ったが反応はそうでもなかった。
◆ぞうのエルマー エルマーのいちにち(BL出版):デビッド マッキー/きたむら さとし
ビビッドな体色を持つ象のエルマーが一日を過ごすお話。やや食いつきよし。それにしてもエルマーは、普通の体色の仲間たちとするかくれんぼで著しく不利である。
◆おべんとうバスのかくれんぼ(ひさかたチャイルド):真珠 まりこ
お弁当の中身たちがかくれんぼをするお話。エビフライやブロッコリーなど、上手く隠れていて面白い。大きめの絵本で、線が太く、色合いも鮮やかなためか喜んで見ていた。
◆はこあけて(あけてえほん図書, 偕成社):新井 洋行
お道具箱、ケーキの箱、おもちゃ箱、お弁当箱が描かれ、ページをめくるとパカッと箱が開いて中身が飛び出す絵本。たまたまだと思うがケーキとお弁当のページで口をモグモグ動かす。
◆Sassyのあかちゃんえほん ちゃぷちゃぷ
同じシリーズの「にこにこ」が子のファースト絵本で、特にお魚のページのとても反応が良かったので期待して借りる。やはり乳児の興味を惹きつけるようにできているのかじっと見ているが、嬉しそうに笑ったり声を立てたりという反応はなし。
◆がたんごとんがたんごとん(ボードブック版, 福音館書店):安西 水丸
絵は地味な感じで、ボードブック版なので小型だしどうかなと思いつつ読み聞かせ。結論から言うと非常に気に入ったようだったので何度も読んだ。がたんごとんという音の繰り返し、少しずつ乗客(?)が増えていくシンプルな展開が乳児にも楽しめるのかもしれない。
◆とっくん(こどものとも0.1.2(2024年2月) 福音館書店):駒形 克己
抽象的な円や楕円、ひょうたんのような形が描かれた各ページに、丸みを帯びたいびつな形の穴があいていて、穴から見える色や「とくん、とっくん、ととととと、どっくん」という鼓動のようなオノマトペが入っている。こんな抽象的で地味な感じのものはさすがにウケないだろうなと思いつつ、自分の感性で選ぶと偏るからと思い、とりあえず借りたのだったが今回借りたなかで一番反応が良かったのが意外にもこれだった。
乳児目線では何が刺さるかわからない。ただ傾向として言えるのは、やはり月齢相当のものが総じて良い反応を得られた(と書くと何だか自分の子で実験でもしているかのようであるが)。絵を見て楽しむ分には少し対象年齢が上のものでもいいのではないかと思っていたが、逆にもう少し大きくなったらつまらなくなってしまうようなものをたくさん読み聞かせしておくべきなのだろうと思う。
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その他
子の食物アレルギーで塞いだ気を取り直してアレルギーやアトピーに関する書籍を読む。そういえば、家庭医学や育児に関する本を読むという発想がこれまでなかった。
◆アレルギーのない子にするために1歳までにやっておきたいこと15:古賀 泰裕
◆ステロイドの真常識 アトピーのある子のスキンケア:岡藤 郁夫
◆赤ちゃんと子どものアレルギー&アトピーBOOK:永倉俊和(監修)
◆食物アレルギーの悩みを解消する!最新治療と正しい知識 安全な食べ方が分かる本:海老澤 元宏(監修)
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人との出会いはときとして素晴らしいものですが、ほろ苦い教訓を残していくことも多いもの。
今村夏子の短篇「冷たい大根の煮物」より、そんな人生の滋味を感じる煮物をご紹介します。
主人公(『わたし』)は、最近ひとり暮らしを始め、プラスチック工場で働いている19歳の女性。まだ「女の子」と言ってしまっていいような若さですね。
プラスチック工場での仕事は面白くないけれど、念願だったひとり暮らしを続けるために頑張っている主人公。その食生活はカップ麺に弁当、菓子パンと、控えめに言って崩壊しています。
ある日、同じ工場に勤める『芝山さん』という中年女性と知り合いになります。ひとり暮らし先の近くにある激安スーパーを紹介してくれと一方的に頼まれ、断れなかった主人公。ところがこの芝山さん、『お金を借りて返さない』と言った悪い噂があるようで、主人公はだいぶ身構えてしまいます。
さて、激安スーパーにご満悦の芝山さん。主人公の食生活が前述のとおり大崩壊していることを知ると、ひとり暮らしの狭い家に押しかけて手早く料理を作ってくれました。
いつしか、買い物ついでに料理を作り置きしてくれる芝山さんに慣れた『わたし』。芝山さんは芝山さんで、自分の家族の分まで主人公宅で調理して光熱費をフリーライドしていたりもするので、Win-Winというか共生というか、そんな関係性に落ち着きました。
芝山さんの悪い噂を鵜呑みにして警戒していた自分を恥じる主人公。そんなある日——。
この話、後味がいいわけではないものの、どこかハッピーエンド感があるのが不思議です。厚かましく図々しくありながら、面倒見がいい面もある芝山さんの人物像が魅力的だからでしょうか。
カップ麺や菓子パンくらいしかない家で育ったという『わたし』が、外の世界の洗礼を受けて、本当の意味での自立へと、一歩踏み出した印象があるからかもしれません。『搾取してくる冷たさ』と、『気にかけてくれる温かさ』という人間の両面を、彼女はうまく飲み込んだように私には見えました。
本作が収録されているのは短篇集「とんこつQ&A」。表題作含め、粒ぞろいの面白い短篇が4作収録されています。
私は初めAudibleで聴いたのですが、本当に「解釈一致」と膝を打ちたくなる素晴らしい朗読で、紙面で読むのとは別の楽しい読書体験ができました。
さて、ほろ苦く冷たくて、でも消化には優しい「冷たい大根の煮物」。
そんな料理に心当たりはありますか?
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リライト分
音までおいしいホットケーキ — わかやまけん「しろくまちゃんのほっとけーき」より
ホットケーキが焼ける場面に、子供のころ夢中になったという人も多いはず。
わかやまけんの絵本「こぐまちゃんシリーズ」の傑作「しろくまちゃんのほっとけーき」より、あの名場面を振り返ります。
1972年の刊行以来、300万部以上も刷り重ねられてきたロングセラー絵本。ページをめくれば、あの鮮やかなオレンジ色の背景と、ホットケーキの焼ける香ばしい匂いが、何十年という時を超えて鼻腔をくすぐります。
特筆すべきは、中盤の見開きいっぱいに描かれた調理場面のオノマトペ。
フライパンの上で生地が変化していく様子を、「ぷつぷつ」「ふくふく」といった魔法の擬音で捉えたこの場面は、日本の絵本史に残る最高峰のシズル感と言えるでしょう。
私が子供だった頃、母は子供達に何度も「しろくまちゃんのほっとけーき」の読み聞かせをねだられ、ついにはキッチンからそらで読み聞かせをするまでになっていたそうです(笑)
私の子供も、生後数ヶ月から、コントラストの強い鮮やかな色彩と心地よいリズムに目を輝かせていました。
なぜこれほどまでに、私たちはこの絵本に惹かれるのでしょうか。
それは、しろくまちゃんが材料を揃え、がたごと揺れるボウルを必死にまぜ、自分の手で焼きあげる「自立と達成の物語」だからかもしれません。
最後には友達のこぐまちゃんと分け合って食べる食卓の温かさ。この本には、人間が「食べること」に抱く根源的な喜びのすべてが詰まっているようです。
【一皿の再現:しろくまちゃん風ホットケーキ】
絵本を読み終えたら、ぜひ台所へ。
材料: 卵1個、牛乳150ml、薄力粉200g、砂糖大さじ2、ベーキングパウダー小さじ2。
コツ: フライパンを一度濡れ布巾で冷ますこと。これで、絵本のようなムラのない焦げ茶色が手に入ります。
かつて母がキッチンから(そらで)読み聞かせてくれたあの声。
今度は私が我が子に、焼きたての湯気の温かさや、誰かと食べる嬉しさと共に、この物語を伝えていこうと思います。
それではどうぞ、童心にかえって召し上がれ。畳む
受け取ってもらえなかった手作りクッキー — 今村夏子「木になった亜沙」より
手作りのクッキーにまつわる思い出、ありますか?
今村夏子の短篇「木になった亜沙」より、せっかく作ったのに受け取ってもらえなかったクッキーをご紹介します。
主人公の亜沙は、心優しい普通の女の子。しかし彼女には、差し出す食べ物を誰ひとりとして口にしてくれないという数奇な宿命がありました。
友達も、片想いの男の子も、金魚や野生動物でさえ、彼女の手からは何も受け取ろうとしません。亜沙が心をこめて焼いた「レーズンとピーナッツ入りのクッキー」も、リボンで飾られたまま無慈悲に突き返されます。
統計を調べたことがありますが、レーズンは日本人の約三割が苦手とする食材だそうです(2019年、日本レーズン協会調べ)。
(ちなみに、何を隠そう私もレーズンはちょっと苦手です……。。)
無難な型抜きクッキーやチョコチップクッキーではなく、あえてレーズン入りを選んでしまう亜沙の「少しだけ噛み合わない善意」が、切なさを加速させます。
けれど、拒絶の理由は味ではありません。
言ってしまえば、「亜沙が差し出すからダメ」なのです。なにしろ、亜沙がよそっただけの給食の一品をクラスメイト全員が残すのですから。
とても理不尽に感じられるけれど、きっと拒む側にもそれなりの理由が、理屈があるのでしょう。
それでも、繰り返される拒絶の描写には胸が痛みました。おいしいものを分かち合おうとする無垢な心、繋がりや愛を求める切実な願いを、徹底的に拒まれ続ける。こんな孤独と断絶の描き方があるのかと思いました。
今村夏子作品に登場する料理はどこか不穏で、しばしば非常に不味そうに描かれます。それは、愛や善意が必ずしも美しく消化されるわけではないという、この世界の真理を突きつけているかのようです。
さて、物語の後半、ある転調が訪れます。
亜沙の差し出すものを食べてくれる存在が現れたのです。
この「転」から結末に至る流れは、物悲しく、相変わらず理不尽でありながら、不思議な赦しと安らぎに満ちています。食べること、生きること。誰かを受け入れ、誰かに受け入れられることの難しさと愛しさで溢れているように感じました。
きっと一生懸命つくったのだろう、ほろ苦く、端っこの焦げたようなクッキー(レーズンとピーナッツ入り)。
もし私が亜沙の前に立ったなら——。
差し出されたその一枚を、受け取ってあげることができるだろうかと、ふと考えこんでしまいました。
短篇集「木になった亜沙」は、著者のそれまでの作品に比べて、ファンタジー的な意味での幻想的な要素が強いように思えますが、今村夏子の真髄発揮という感じで、私はとても好きな一冊です。
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ねずみたちが織りなす四季折々の食卓 — ジル・バークレム「野ばらの村の物語」より
絵本の扉の向こうに、何度でも心が帰ってゆける場所があるというのは、なんと幸福なことでしょうか。
本日は、イギリスの絵本作家ジル・バークレムが描き出した小さなユートピア「野ばらの村」シリーズをご紹介します。
春夏秋冬、働き者のねずみたちが作るさまざまな食べ物と飲み物を通じて、彼らの温かく満ち足りた日々をお届けしたいと思います。
「野ばらの村」は、働き者のねずみたちが自然と共生し、春夏秋冬を慈しむ小さなユートピアです。作者ジル・バークレムが、都会的で息苦しい満員電車のなかで目を閉じ、空想の中に築き上げたこの理想郷には、私たちが忘れかけている丁寧な暮らしのすべてが詰まっています。
大きな魅力は、なんといっても緻密に描き込まれた住居の断面図でしょう。
切り株や樹木の中に作られた家々。廊下や寝室、地下の貯蔵庫……。
それらの中には可愛らしい小さな家具が並び、暖炉にはあかあかと火が燃え、台所の棚にミニチュアサイズの食器や保存食品の小瓶などがびっしり収められている様子が見て取れます。キッチンの作業台ではジャムが煮詰められ、布巾で覆われたプディングが蒸し上げられ、お菓子の生地が混ぜられています。
棚にびっしりと並ぶジャムの小瓶やミニチュアの食器を眺めていると、まるでアリの巣観察キットを覗き込んでいるような、あの無邪気なわくわく感が蘇ります。
そして、それ以上に私たちの心を躍らせるのが、四季折々の食卓です。
春にはサクラソウのプディング、夏には冷たいクレソンのスープ、秋にはあつあつのドングリコーヒー、そして冬には大鍋で温められるブラックベリーのポンチ。
ねずみたちは、結婚式や雪まつりといった「ハレの日」はもちろん、日々の何気ないお茶の時間さえも、ハチミツや木の実、野の花を使って魔法のように彩ります。
全8冊にわたる物語は、ねずみたちが野原や山で迷子になったり、塩不足で船を出したり、新たな命が誕生したりといった冒険に満ちています。けれど、どんな事件が起きても、最後には必ず温かい食卓と、仲間の輪が待っている。その絶対的な安心感こそが、この絵本を時を超えた名作にしているのだと感じます。
薔薇の花びらのワイン、甘い香りのシラバブ、栗やビルベリーのスープに、香ばしいキャラウェイのビスケット。
『満員電車』に疲れたときは、しばし目を閉じて、澄んだ光あふれる「野ばらの村」へ帰ってみませんか。畳む