2026年4月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
久々に子供と公園へ。大きな黒い蝶を見かけた。黒地に紅い模様、クロアゲハと思われる。ツツジの花の蜜を吸っていて、飛ぶのがとても速かった。他にモンキチョウやシジミチョウの仲間らしき白黒まだら模様の小さな蝶も見かけた。こちらはふわふわ頼りない飛び方。コガネムシの仲間のような黒い甲虫もいて、つつくと死んだふりをしていた。
午後は図書館へ。子供のための絵本10冊と、自分用に今村夏子「とんこつQ&A」、エイキン「しずくの首飾り」を借りる。とんこつQ&AはAudibleで既読だが、書架にあるのを見て再読したくなったので。
午後は図書館へ。子供のための絵本10冊と、自分用に今村夏子「とんこつQ&A」、エイキン「しずくの首飾り」を借りる。とんこつQ&AはAudibleで既読だが、書架にあるのを見て再読したくなったので。
#夢日記 試着のシーンは普通に楽しく、自分の脳内から出てきたと思えないほど様々なデザインの品があり面白かった。
デザイナーの女性の特別販売会に行く。
活版印刷で書かれた説明文を読んで、自分も活版印刷のミニチュアの機械を持っていたことを思い出し、漢字はどうやって印字しているのだろうと考える。自分で消しゴムにでも彫ってるのだろうかと思い、忘れ物の中から消しゴムを取ろうかと考えるが、やめて忘れ物ボックスを棚に戻す(一番上に戻せなくて一番下に入れる)。
その後は展示を見て回る。
服以外にあらゆる生活雑貨があり、ディズニーなどのキャラクターグッズもあるので権利関係を心配する。
私はマグカップを集めているからどれか買おうかなと考え(実際には集めていない)、マグカップでは際限がないから花瓶にしようかなと思う。
次の場面では服を試着していて、とても気に入ったものもあったが、高額なものばかりなのでやめておく。
場面は実家に移り、防犯のために妹が家の前のポーチに箒やバケツ、クリップ、画鋲などいろんなものを転がしておくのだが、箒の柄が挟まってかえってドアが開いているのを指摘し母と二人で片付けに行く。
そのとき通りの向こうから二人組の男が口笛か歌を鳴らしながらやってきて、こちらを見るので嫌な予感がする。
男達は案の定アプローチにずかずか入ってくるので、家の中には入れまいと必死で殴ろうとする。
また場面が変わり、家に帰るための電車に乗ろうとするが、電車の外から空いてる車両を選んでいるうちいきなりドアが閉まる。私以外にも駆けてきた人がいて、車掌がドアを一瞬開ける。何とか中に入ると、席は普通のロングシートのほか、ノンステップバスのタイヤの上にあるような座席があり、一人掛けだからとタイヤの方に座ると酷く揺れて後悔する。
デザイナーの女性の特別販売会に行く。
活版印刷で書かれた説明文を読んで、自分も活版印刷のミニチュアの機械を持っていたことを思い出し、漢字はどうやって印字しているのだろうと考える。自分で消しゴムにでも彫ってるのだろうかと思い、忘れ物の中から消しゴムを取ろうかと考えるが、やめて忘れ物ボックスを棚に戻す(一番上に戻せなくて一番下に入れる)。
その後は展示を見て回る。
服以外にあらゆる生活雑貨があり、ディズニーなどのキャラクターグッズもあるので権利関係を心配する。
私はマグカップを集めているからどれか買おうかなと考え(実際には集めていない)、マグカップでは際限がないから花瓶にしようかなと思う。
次の場面では服を試着していて、とても気に入ったものもあったが、高額なものばかりなのでやめておく。
場面は実家に移り、防犯のために妹が家の前のポーチに箒やバケツ、クリップ、画鋲などいろんなものを転がしておくのだが、箒の柄が挟まってかえってドアが開いているのを指摘し母と二人で片付けに行く。
そのとき通りの向こうから二人組の男が口笛か歌を鳴らしながらやってきて、こちらを見るので嫌な予感がする。
男達は案の定アプローチにずかずか入ってくるので、家の中には入れまいと必死で殴ろうとする。
また場面が変わり、家に帰るための電車に乗ろうとするが、電車の外から空いてる車両を選んでいるうちいきなりドアが閉まる。私以外にも駆けてきた人がいて、車掌がドアを一瞬開ける。何とか中に入ると、席は普通のロングシートのほか、ノンステップバスのタイヤの上にあるような座席があり、一人掛けだからとタイヤの方に座ると酷く揺れて後悔する。
#menu 小留知先生のイラクサのスープ―堀江敏幸「イラクサの庭」より
誰かの抱えた痛みの気配にふれるのは、このスープを味わうようなものなのかもしれません。
堀江敏幸の短篇小説「イラクサの庭」より、複雑な味のするイラクサのスープをご紹介します。
『小留知(おるち)先生』は若い頃にフランス料理を学び、『雪沼』と呼ばれる地域で料理教室とレストランを営んできた女性です。もともとは東京の外れから移住してきたのですが、料理教室の生徒さんやご近所さんにも慕われ、すっかり地域に根づいて長年暮らしてきました。
そんな彼女が体調を崩してあっという間にこの世を去ってしまったのが数日前のこと。物語は、彼女に縁のあった人びとがしみじみと語り合う場面から始まります。
語り手の実山さんは、もともとは料理教室の生徒でしたが、徐々に小留知先生のアシスタントのような立場となって彼女の晩年を支えてきました。ついには臨終にも立ち会った実山さんですが、先生の最期の言葉をうまく聴きとれなかったことを気に病んでいます。
『コリザ』。
先生はそう言ったように聞こえたのですが、果たして『コリザ』とは?
思い出話に花を咲かせるうち、小留知先生が蔵書の一冊のある部分に下線をひいていたことを知った実山さん。一見何の変哲もない描写に、なぜ先生は惹きつけられたのか。
考えをめぐらせた実山さんは次の瞬間、『コリザ』の正体に思い至るのでした。
堀江敏幸が描く『雪沼』の空気はひんやりと澄んでいて、どこか秘密の匂いがします。
本作に登場する『イラクサのスープ』は、その象徴のように感じられました。今際の言葉『コリザ』、そしてイラクサに囲まれた庭の中に小留知先生が抱えつづけていた、胸をえぐられるようなある秘密。
敬愛する先生の分身ともいえる料理でありながら、実山さんがどうしても受けつけられなかったその味は、読んでいるこちらの舌にまで、ヒリヒリとした痛みを伴って伝わってくるようです。
静かな夜、スープの湯気の向こう側に、誰にも言えない秘密を隠し持っている人にこそ、この一冊を手に取ってほしいと思いました。
本作は短篇集『雪沼とその周辺』に収録されています。表題のとおり、雪沼と呼ばれる地域に暮らす人びとを描く8作品がおさめられています。雪沼の人びとは、言ってみればどこにでもいる普通の人たちですが、物語は紋切り型の解釈を許さず、彼らの人間としての深淵、断層が顔をのぞかせる瞬間を緊迫感と共に捉えています。静謐さと、厳しくも優しいまなざしを感じる筆致です。
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誰かの抱えた痛みの気配にふれるのは、このスープを味わうようなものなのかもしれません。
堀江敏幸の短篇小説「イラクサの庭」より、複雑な味のするイラクサのスープをご紹介します。
つくり方はじつに簡単だった。若いイラクサを摘んで葉をむしり、賽の目に切ったジャガイモ、たまねぎといっしょに三十分ほど煮込み、ミキサーにかける。鍋に戻して塩、胡椒で味をととのえ、仕あげに生クリームをくわえる。実山さんは、このとき生まれてはじめて外国製のミキサーを見たのだった。味のほうは、おいしいといえばおいしい、そうでないといえばそうでないとしか言えなかった。草の匂いがぷんと鼻について苦みと酸味のわりあいが一定せず、口に入れるたびに舌の表と裏で刺激がくるくる変化するような感覚だった。
『小留知(おるち)先生』は若い頃にフランス料理を学び、『雪沼』と呼ばれる地域で料理教室とレストランを営んできた女性です。もともとは東京の外れから移住してきたのですが、料理教室の生徒さんやご近所さんにも慕われ、すっかり地域に根づいて長年暮らしてきました。
そんな彼女が体調を崩してあっという間にこの世を去ってしまったのが数日前のこと。物語は、彼女に縁のあった人びとがしみじみと語り合う場面から始まります。
語り手の実山さんは、もともとは料理教室の生徒でしたが、徐々に小留知先生のアシスタントのような立場となって彼女の晩年を支えてきました。ついには臨終にも立ち会った実山さんですが、先生の最期の言葉をうまく聴きとれなかったことを気に病んでいます。
『コリザ』。
先生はそう言ったように聞こえたのですが、果たして『コリザ』とは?
思い出話に花を咲かせるうち、小留知先生が蔵書の一冊のある部分に下線をひいていたことを知った実山さん。一見何の変哲もない描写に、なぜ先生は惹きつけられたのか。
考えをめぐらせた実山さんは次の瞬間、『コリザ』の正体に思い至るのでした。
堀江敏幸が描く『雪沼』の空気はひんやりと澄んでいて、どこか秘密の匂いがします。
本作に登場する『イラクサのスープ』は、その象徴のように感じられました。今際の言葉『コリザ』、そしてイラクサに囲まれた庭の中に小留知先生が抱えつづけていた、胸をえぐられるようなある秘密。
敬愛する先生の分身ともいえる料理でありながら、実山さんがどうしても受けつけられなかったその味は、読んでいるこちらの舌にまで、ヒリヒリとした痛みを伴って伝わってくるようです。
静かな夜、スープの湯気の向こう側に、誰にも言えない秘密を隠し持っている人にこそ、この一冊を手に取ってほしいと思いました。
本作は短篇集『雪沼とその周辺』に収録されています。表題のとおり、雪沼と呼ばれる地域に暮らす人びとを描く8作品がおさめられています。雪沼の人びとは、言ってみればどこにでもいる普通の人たちですが、物語は紋切り型の解釈を許さず、彼らの人間としての深淵、断層が顔をのぞかせる瞬間を緊迫感と共に捉えています。静謐さと、厳しくも優しいまなざしを感じる筆致です。
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てがろぐVer. 4.8.0にアップデート。
1歳児を自宅で見ながら隙間時間を見つけて小説執筆、読書、ブログ運営、さらにもうひとつブログを増やしたいとなると、どう考えても時間が足りない。
時間が足りない、で立ち止まらないために一歩踏みこんで考えると、何かは妥協する必要があるということだ。メインブログの更新ハードル(記事の内容水準)を限りなく引き下げると共に、ここで記事の下書きをアップしていくことにしようと思う。ということで記事メモ用にカテゴリ「メモ」、ハッシュタグ #menuを新規作成。
1歳児を自宅で見ながら隙間時間を見つけて小説執筆、読書、ブログ運営、さらにもうひとつブログを増やしたいとなると、どう考えても時間が足りない。
時間が足りない、で立ち止まらないために一歩踏みこんで考えると、何かは妥協する必要があるということだ。メインブログの更新ハードル(記事の内容水準)を限りなく引き下げると共に、ここで記事の下書きをアップしていくことにしようと思う。ということで記事メモ用にカテゴリ「メモ」、ハッシュタグ #menuを新規作成。
テレビのリモコンを適当に操作していて変な画面に変えてしまった子供。テレビを壊したと思ったのか慌てて私の母のもとへ駆けてきて膝によじ登り、ぴたっとくっついて離れなくなったとのこと。
熊本地震の本震から10年。心のなかで手を合わせる。
マクドナルドのハッピーセットで貰ってきたパトカーとはしご付消防車で子供が遊んでいる(はしごは危ないので取り外した。和名ハシゴナシハシゴツキショウボウシャ)。下痢は続いているが、元気。先ほどお粥も食べられた。
京都府南丹市で男児が行方不明となった事件は最悪の真相へ向かいつつある。遺体発見現場の近くには多くの花などが供えられ、大阪から来てファストフードのおもちゃ付きセット(恐らくマクドナルドのハッピーセットだろう)を供えたという男性も。歳の近い息子がいるという。
全ての子供が正当な扱いを受けるのが現実に難しいことはわかっているが、全ての子供が愛されて育つべきだという事実に変わりはない。
どれだけさみしかったろうと思う。
マクドナルドのハッピーセットで貰ってきたパトカーとはしご付消防車で子供が遊んでいる(はしごは危ないので取り外した。和名ハシゴナシハシゴツキショウボウシャ)。下痢は続いているが、元気。先ほどお粥も食べられた。
京都府南丹市で男児が行方不明となった事件は最悪の真相へ向かいつつある。遺体発見現場の近くには多くの花などが供えられ、大阪から来てファストフードのおもちゃ付きセット(恐らくマクドナルドのハッピーセットだろう)を供えたという男性も。歳の近い息子がいるという。
全ての子供が正当な扱いを受けるのが現実に難しいことはわかっているが、全ての子供が愛されて育つべきだという事実に変わりはない。
どれだけさみしかったろうと思う。
子供が昨日から下痢気味なのでかかりつけの小児科へ。昨日の散歩で手に刺さったトゲもピンセットで抜いてもらった。消毒はヨードなのだなと思った。
明るく、爽やかな風が吹いて日陰は涼しい最高の日和。子供と散歩のあと、図書館へ。子供のための絵本を12冊、自分のために4冊。公募の新人文学賞への応募を3月末に終え、いまだ文字の硝煙たちこめる脳内を鎮めて次へと向かわせるために、しばらく文学作品とその他の書物を1:4くらいの比率で読んでいこうと思っている。
山下澄人『月の客』を #読了 。
小説というより詩のような、人称も話し手も入り乱れ意識が混沌と渦を巻く語りのなか、ヒトよりもイヌに近い意識を持つトシの心、言葉がやがて重たく立ちあがる。言葉にしかできないことを、ではなく、言葉を用いて言葉のその外側へ行こうと不可能な試みを続けているかのような、不思議な作家だと思う。浮遊感。
読了記録のフォーマットが定まらないのだが、やっぱり月末にまとめるより、読み終えたときに日記なども交えて記録するのがよさそうだと感じる。その本がどんな日々にとけこんでいたのかを残したい。リストとしては記録用の記事が別にある。子供に読み聞かせした本や実用書などはこれまで通り月末にまとめる感じにしようかな。
メモ ここの月別の投稿数には大きな偏りがあり、毎年あきらかに夏に調子が良く秋冬春と低空飛行なのが見て取れる。
小説というより詩のような、人称も話し手も入り乱れ意識が混沌と渦を巻く語りのなか、ヒトよりもイヌに近い意識を持つトシの心、言葉がやがて重たく立ちあがる。言葉にしかできないことを、ではなく、言葉を用いて言葉のその外側へ行こうと不可能な試みを続けているかのような、不思議な作家だと思う。浮遊感。
読了記録のフォーマットが定まらないのだが、やっぱり月末にまとめるより、読み終えたときに日記なども交えて記録するのがよさそうだと感じる。その本がどんな日々にとけこんでいたのかを残したい。リストとしては記録用の記事が別にある。子供に読み聞かせした本や実用書などはこれまで通り月末にまとめる感じにしようかな。
メモ ここの月別の投稿数には大きな偏りがあり、毎年あきらかに夏に調子が良く秋冬春と低空飛行なのが見て取れる。
!虫の苦手な方はご注意ください!
ゴリラ研究の第一人者である山極寿一(やまぎわ・じゅいち)先生。
京都大学の第26代総長をはじめ、数々の重要なポストを歴任してきた山極先生が、ゴリラを追い続けた半生を振り返るエッセイ集「人生で大事なことはみんなゴリラから教わった」より、衝撃の昆虫料理をご紹介します。
ゴリラに魅せられ、ゴリラを通じて人間を見つめ続けてきた山極先生の、人生のエッセンスが詰めこまれた本書。
まず印象的なのは、京都大学の学生だった頃から衰えないフィールドワーカーとしてのタフネスでしょうか。
日本の屋久島からコンゴ共和国のジャングルまで、生活上の不便や文化の違いをものともせず、現地の生活にとけこみながらゴリラを追い求め、ときにはジャングルで野宿をしながら観察を続ける。ケタ違いの適応力に驚くばかりです。
なかでも、現地の人びとに受け入れられたのは、山極先生がその地域の食文化に敬意を払い、みんなと同じものを楽しんで食べたことも大きいかもしれません。
そのひとつが、引用に掲げたジャングルの虫でした。食べられるイモムシは何種類もあり、シロアリは特においしかったとのことです。ゴリラも虫を食べるそうですから、山極先生はゴリラにもまた近づくことができたような気持ちだったのかもしれません。
食べるといえば、ゴリラや猿の仲間は、食べ物を一緒に囲んで食べるということをしないということも本書で改めて知りました。
猿は強い者から順に食べ物を手にできるし、ゴリラはシルバーバック(成熟して背中の毛が白くなったオス)がメスや子供に食べ物を分けることがあるけど、しぶしぶなんだとか(笑)
人間みたいに、みんなで食卓を囲んで友好を深めるのって実は凄くユニークなことなんだそうです。その視点はなかったなぁ……。
本書は比較的やさしい文章で書かれ、少し難しい単語には脚注がついていたりします。終盤は、ゴリラを通して人間を見つめ続けてきた著者ならではの人生哲学が語られており、小学校高学年から高校生くらいの子供たちにぜひ読んでもらいたいなと思う内容でした。
脳の容量から考えて、人間が安定的な関係を維持できる人数の上限は150人くらいなんだそうです(あとで調べたら、『ダンバー数』という概念でした)。
ゴリラと人間の対比でそんなことも書かれていて、自分にとっての150人は……と、つい考えてしまいました。
それにしても、おいしいイモムシってどんな味なんだろう……知りたいような、知りたくないような。
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